第5話 ヒュドラー

文字数 1,824文字

 オーロラが激しく波打つようだとイルミ・ランタサルは眼にするものへ動揺しこの剣戟(けんげき)を邪魔立てしてはならぬと(みな)の方へ後退(あとず)さった。

 小鳥のさえずりの(ごと)(かす)かな声が聞こえているが、最早(もはや)、その言葉も理解できぬほど激しくアイリ・ライハラと銀眼の魔女は(やいば)ぶつけ合い駆け抜けわずかでも有利な位置へと2人回り込む。

「イルミ王妃(おうひ)! 危険です!!」

 女騎士ヘルカ・ホスティラに引き戻され王妃(おうひ)はハッとなった。

 わからないの、貴方(あなた)がたは!?

 2人がこれほどまでに人の領域を逸脱(いつだつ)(ソード)ぶつけ合うこの美しさ────。

 アイリ! あなたは私たちのために決してあきらめない。

 凄まじい勢いで灰色の波のようにうねる光りが青白い光りの(おび)を追い立てる。


「負けては駄目よアイリ・ライハラ!!!」


 その明らかに異なる2種の光りがどちらだともわからずイルミ・ランタサルは興奮のあまりに叫んでいた。

「あなた達もアイリに手をかしなさい!」

 王妃(おうひ)に命じられヘルカ・ホスティラとテレーゼ・マカイは途方にくれた。

「無理です王妃(おうひ)様! 彼女たちの領域に私たちでは踏み込めない!!」

 灰色の光りが金属質なきしみを上げ急角度に曲がり青白い光りの(おび)に襲いかかる。それをさらに急角度で青白い光りの(おび)は強引に曲がり火花撒き散らし(やいば)ぶつけ合う怒号を廊下に轟かせる。

 (いびつ)な音を放ち青白い光りの(おび)がいきなり廊下の氷壁の(すそ)にぶつかりアイリ・ライハラの倒れた姿が氷床(ひょうしょう)に滑り止まった。

 そこへ強速(ごうそく)で銀眼の魔女が(ソード)振り上げ駆け込む残像がイルミ・ランタサルには見えた気がした。

「アイリ!! 立ち上がりなさい! このヘタレがぁ!!!」

 イルミ・ランタサルが怒鳴りつけた寸秒、少女が身を起こし一振りの(ソード)を床の氷に突き立てそこに銀眼の魔女の(やいば)が激突しアイリの周囲に火花の傘が広がった。

 その動き止まった一瞬に冥府(めいふ)河守(かわもり)カローンが跳びかかった。

 その顔面に銀眼の魔女は一口(ひとふり)(ソード)の後端を打ち込み怒鳴った。


「邪魔立てをするな! この老いぼれがぁ!!!」


 イルミ・ランタサルらを飛び越えカローンはかなりの長さ滑り遠くに止まった。

 その一瞬の()が絶好の好機だった。

 アイリ・ライハラは右手握る長剣(ロングソード)を飛ばされた河守(かわもり)の方へ顔向けた銀眼の魔女の首めがけ爆速で振り抜いた。

 斜めに滑り落ちた白髪の女の頭部めがけアイリ・ライハラは両腕握る(ソード)2振り(ふたふり)をぶつけ四つに砕き割った。

 それで終わる。

 今度こそ終わりだ。



 肩で息する群青の髪の少女が顔を引き()らせた。



 頭なくした銀眼の魔女は四っつの頭片の(かたわ)らに(ひざ)を着くとばらばらになった頭蓋骨を拾い上げ()れた首に載せ合わせた。

 その頭部が一瞬で一体となりアイリ・ライハラへ白髪振り乱し向いた白髪の女が老婆の顔になっており銀の虹彩を上からぎょろりと下ろしアイリ・ライハラを(にら)み据えた。

 (にら)まれた少女は、こいつはヒュドラーみたいだと顔を強ばらせた。

 サタンみたく不死で何度も蘇ってくる。

 まだ頭が増えないだけマシかもとアイリ・ライハラは思ったが万策つきたといたった。

「イルミ! 逃げよう!!」

 そう王妃(おうひ)に持ちかけ銀眼の魔女を(かわ)すように駆けだしたアイリの前をイルミらが走りだしていた。

 途中、気を失ったカローンをテレーゼが揺すって起こそうとしているところでアイリ・ライハラは立ち止まるなり河守(かわもり)の尻を蹴り上げた。

 叫び声あげ起きたカローンにアイリは振り向いて怒鳴った。

「逃げろカローン! ()られるぞ!!」

 跳び起きた冥府(めいふ)河守(かわもり)(あわ)てて最後尾を走りだした。

 アイリの前を走るイルミ・ランタサルがわずかに振り向いて少女にどなった。

「アイリ! どうして勝てそうだったのに投げだしたんです!?」

「あぁああ!? あれを見てただろ! あいつは死なないんだよ!!」

 イルミ・ランタサルはアイリを見つめ眼を寄せた。こいつまだ何かあるのかとアイリは下唇を突き出した。

「もっとばらばらにしたらきっと死にます!」

 そんなわけね────だろとアイリは息切らし思った。

「そんな趣味ねぇええ!」

 王妃(おうひ)は何か言いかけ前へ振り向いたのでアイリは胸をなでおろした。その手の話をするとテレーゼが怒りだす。もうばらばらは────────!!!


 走ってゆく先に2振り(ふたふり)の氷の(ソード)を左右に下げた銀眼の魔女が待ち構えており(みな)は急に足をゆるめアイリ・ライハラは思った。


 あぁやべぇ!


 この廊下、無限回廊だった!!!


 (あわ)てて立ち止まったアイリとイルミは振り向いて元来た方へ走り始めた。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み