第9話 策士(さくし)

文字数 1,789文字


 砂地に足形を残し軽やかに走っていくポイカネンに()かれた馬が苦労する。

 軽快に乗りこなすアイリ・ライハラに悔しがりながらもヘルカ・ホスティラは振り落とされまいと必死だった。

 体重のある自分を乗せても軽々と足を跳ね上げ暴力のように砂丘を越えてゆく。

 な、なぜアイリはこんな鳥の化け物に乗り慣れているんだ!? あいつ人間のふりした魔物じゃないのか!? そうヘルカは悔しがった。

 南に向かうにつれ砂丘の高さが低くなりただの荒れ地(デザート)になるとアイリとヘルカは(ポイカネン)から下りて水を与え野に放ち馬に乗り換えた。

「アイリ! 乗り込んで統括官をどうするつもりだ!?」

 並んで馬を走らせる女騎士が少女に(たず)ねた。

「殺すつもりじゃない。話し合う」

 それでおさまらないのが交渉だとヘルカは思った。もしかしたら今度こそ終わりだと女騎士は覚悟してついてきた。アイリがいくら腕が立つといってもたった2人では取り囲まれたら最後だ。灰は灰に、土は土にかえる。

 駆歩(キャンター)でさっそうと馬を走らせるアイリ・ライハラを見つめヘルカ・ホスティラは放っておけないと前へ振り向いた。

 少女を(みな)放っておかない。





 エイラ・メリラハティ統制官はじっと地図を見つめていた。

 地政学的には北をノーブル、西をイルブイを押さえられており、イモルキを敵に回してしまうと三方を押さえられてしまう。実質、ノーブルの領土となったイルブイとイモルキに包囲されているのも同然だった。

 左派の言うとおり浮ついたイモルキを落とすのなら今しかない。

 今日、部隊を動かしてもイモルキに攻め込むのに一月(ひとつき)かかる。その頃にはイモルキの兵も落ち着いて攻め落とすのにも難しくなる。


 そう──攻め落とすのよ────。


 誰に言われたのだとエイラ・メリラハティは驚いて振り向いた。

 目の前に立つ白銀の髪をした少女がいつ統制官室に入ってきたのだと(いぶか)しかげな表情で見つめ誰何(すいか)した。

「誰なの!?」

「我はルースクース・パイトニサム────銀眼の魔女と呼ぶがよい」

 統制官は近衛兵を呼ぼうと横へ顔を振り向けた。

「北方の三国が(わずら)わしいのだろう。なら(われ)の言うとおりにするがよい」

 な、何を言ってるのだ!?

「北の三国の兵を取りまとめる将軍が密偵(みってい)として入り込もうとしている」

 将軍!? 密偵(みってい)ですって!?

「その名をアイリ・ライハラ────青髪の小娘」



 青髪? アイリ・ライハラ!?



 エイラ・メリラハティ統制官は銀色の瞳に魅入られていた。





 テーブルに収まりきれない地図を指さしてイルミ・ランタサルはアグネス・ヨーク王妃(おうひ)やイモルキの各大隊長へ説明を続けていた。

「シヒリ砂漠は城壁のようにイルベ連合とを隔てる(かなめ)となっていますが、越えられ態勢を立て直されると二日で全軍はイモルキに押し寄せてくるでしょう。ですから迎え撃つなら砂漠の北端がもっとも要衝(ようしょう)としては理想的です」

「我が軍の兵站(へいたん)を構築した上で砂漠の北端に防御陣を敷くのに最低でも一週間がかかりましょうぞ。デアチ国の援軍が到着するのに三週。今日明日に手を打ってもぎりぎりでしょう」

 歩兵大隊長が地図上に指を走らせ説明するとイルミ王妃(おうひ)が訂正した。

「デアチ一個師団は二週で到着します」

 驚いてイモルキの大隊長らがイルミ・ランタサルを見つめた。騎兵隊なら十日足らずで到着できるが、歩兵はそうはいかない。もし到着できるとすればデアチ国歩兵は一週間前には出兵していたことになる。

「イルミ王妃(おうひ)、先日お越しされた時にはもう手を打たれていたのですね」

 そうアグネス・ヨーク王妃(おうひ)が説明した。

 それを含めてデアチ国の王妃(おうひ)は警告しに来賓(らいひん)されたのだとイモルキの大隊長らは驚いた。

「アイリ・ライハラが統括する我が軍はその迅速性で他国を上回ります。大隊総長して動きの速い騎士ですので」

 少し得意そうだとアグネスはイルミ王妃(おうひ)を好感を持って見つめるとデアチ国の王妃(おうひ)が戦術説明に入った。

「では陣形を説明します。陣形は鉄槌(てっつい)金床(かなとこ)を起用。敵軍を南と北から挟み込みます」

「失礼、イルミ王妃(おうひ)様、何と仰りましたか?」

 大隊長の1人がそうイルミ・ランタサルに問うた。

鉄槌(てっつい)金床(かなとこ)です。頑強な防衛陣──金床(かなとこ)で北を守り、足の速い騎馬隊──鉄槌(てっつい)で迅速に回り込んだ南から敵を瓦解(がかい)させます。イルベ連合は砂漠から追い立てられるとは思っていませんから」



 アグネスと大隊長数人らは(あご)を落とした。イルミ・ランタサルは策士なのだ。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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