第18話 摂理(せつり)

文字数 1,802文字

 砂浜にひっくり返された傷みきった小舟を取り囲み4人は困惑げな面もちでいた。

 ぼろぼろの小さな舟一(そう)に馬7頭を手放した。

「足元見やがって────」

 ヘルカ・ホスティラが悪態をつくとイルミ・ランタサルが(いな)めた。

「良しとしましょう。この寒空に島まで泳ぐよりもずっと快適です」

王妃(おうひ)様、舟が小さすぎて荷物すべては積みきれません」

 テレーゼがそう伝えるとイルミは浜辺にぽいぽいと自分の荷を放り出し始めノッチも自分とアイリ・ライハラの持ち物を選び始めた。

 ヘルカ・ホスティラが選んだのは野営の毛布とマット、それに(ソード)だけで気づいたイルミは注意を(うなが)した。

「ヘルカ、食べるものも持っていきなさい。貴女(あなた)は人一倍食べるでしょう」

 女騎士は胸を(たた)いた。

「大丈夫です王妃(おうひ)様! 魚と海藻で事足ります」

 お前は食事のたびに冷たい海に入るのかとイルミは眼を細めて仕える大柄な女騎士を見つめた。

 4人は持っていくものを選び終えるとヘルカとノッチが舟をひっくり返し、眼にしたものに驚いて全員が跳び退()いた。

 ひっくり返された舟の裏の砂地に手足(しば)られ猿ぐつわされ片小鼻をハサミで挟んだ(かに)ぶら下げて転がされたアイリ・ライハラが首(ひね)りイルミを見上げていた。

「アイリ・ライハラ!」

 いきなり王妃(おうひ)が砂地に両膝(りょうひざ)を着いて(しば)られた少女を抱きしめた。

(なわ)をほどいてあげて!」

 そう王妃(おうひ)が命じるとテレーゼが進み出てイルミが離れ女剣士がナイフ取りだし(なわ)を軽々と切ったので少女は鼻から(かに)を引き()がすと自分で猿ぐつわを首にずらしため息をついた。

「ぷは────(かに)に鼻を切り落とされるかと思った」

「アイリ、銀眼の魔女を────倒したわけじゃないよな」

 ヘルカに問われアイリは(かぶり)振った。

「何で魔女倒して自分を自分で(しば)るんだよ。あ────まだ手足がじんじんする」

 少女が手首をさすりながら女騎士に言い返した。

「アイリ、銀眼の魔女はなぜ貴女(あなた)を戻したのです!?」

 王妃(おうひ)に問われアイリは小首(かし)げ説明した。

「わからん。あいつ頭、イってるから気まぐれだと思う」

 その言いぐさに王妃(おうひ)イルミが眼を細めた。

「アイリ、お前どうやって浜に運ばれたんだ?」

 テレーゼに聞かれアイリが教えた。

「あいつ、どこにでも出入りできるんだ。氷の(ほら)にずっと(つる)されていてついさっき下ろされて足(しば)られて猿ぐつわされたらいきなり舟の裏にいた」

 それを聞いてイルミは見た通りだと思った。銀眼の魔女は悪魔のようにどこにでも出入りできる。だがアイリの言った気狂いとはどういうことだろう。王妃(おうひ)は青髪の少女に問いただした。

「アイリ、銀眼の魔女がなぜ正気じゃないというのです?」

「あいつ、いちいち言ってることがおかしいんだ。自分で初めて会ったと言っておいて、ずっと前から知ってる口振りで言い張る。それに────」

「何です?」


「物事の約束事にしたがわない。思い通りにし放題なんだ。服なんか着替えなくてもカードひっくり返すみたいに自由に変化させたんだ」


 イルミ・ランタサルは少女の話に眉根寄せた。物事の摂理(せつり)に従わぬからあの異様に速い立ち振る舞いをするのだと結びつけた。

「それが(われ)の叫びをあびて傷1つ負わなかった理由か」

 テレーゼ・マカイが苦々しく言い捨てたのを聞いてアイリはテレーゼの正体がイルミらに知られると焦った。

 その少女の(ほお)に手をさし伸ばしたイルミ・ランタサルが言い聞かせた。

「アイリ、テレーゼ・マカイのことは知っています。今はそのことより銀眼の魔女を狩りたてる算段が必要です。あれと長く相対(あいたい)した貴女(あなた)が1つでもあれのことを思いだせれば、道筋(みちすじ)が立ちます」

 アイリは顔を強ばらせ思いだそうとつとめた。


「あの白粉(おしろい)顔、どこにでも出入りできるけど、どこにでもとは思えなかった」


「貴君は何を言っておるのだ!? あの魔女は貴君を(さら)って馬の(たてがみ)に消えたのだぞ」

 ヘルカ・ホスティラが砂地に座り込んでいる騎士団長(きしだんつおう)に言い張った。

 それを耳にしたイルミ・ランタサルはまた疑念に取り()かれた。

 何かがおかしい────。

 銀眼の魔女の速さはさておいて、あのどこにでも出入りする方法を見切らないとアイリ達の(やいば)は魔女に打ち込めないし、あれの氷の(ソード)を防ぐこともできない。

 なにもない空中から襲いかかられたらアイリやヘルカ、テレーゼも()り倒される。



 紙を人さし指で突き刺したノッチがこれが真実だと挑むような眼差しを向けていたのをイルミ・ランタサルは思いだした。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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