第12話 生き地獄

文字数 2,048文字

 尋問(じんもん)だと聞き(ろう)から出された。

 不安目一杯。

 何を問われるのかと困惑するよりも、魔女拷問(ごうもん)(ひど)さをアイリ・ライハラは耳にした事が何度かあった。

 魔女だと白状するまで焼いた火掻(ひか)き棒を押しつけられたり、溺れる寸前まで水の中に押さえ込まれ、何カ所も切られたり刺されたり、爪を()がれたりするらしい。

 イルミ・ランタサルが拷問人を味方にしたと言ってたけれど少し手心を加えられるだけなら、きっと辛いものになるんだろうなぁとアイリは気落ちした。

 6人の近衛兵に取り囲まれ(やり)を突きつけられながら連れて行かれたのは同じ階の何の飾り立てもない黒くくすんだ扉前。

 兵が声をかけると中から叫び声さえ漏れそうもない厚いそれが開かれた。

 窓もない石のブロックで覆われた部屋。少女は廊下から様々な拷問器具が並んでいるのを呆然と見つめ立ち止まってしまった。

「入れ魔女!」

 背中を近衛兵の1人が押し出した。

 部屋は松明(たいまつ)でなく幾つかのランプが炎を揺らめかせ踊る影が死神が徘徊してるようだとアイリは感じた。

 人の気配に少女が横へ向くと大きなゴブリンの様な体格の上半身裸の男がおり汚れきった目だしの三角帽を被っており少女を(にら)み据えた。

 その後ろにヘッレヴィ・キュトラ異端審問官が腕組みをして立っている。きちんとした高貴な服装がこの尋問(じんもん)室に場違いな印象を与えた。

 少女を連れてきた近衛兵らは(けが)れに触れたくないとでもいうように急いで出て行くと重い音と共にアイリの背後で扉が閉じられた。

「アイリ・ライハラ! 剣竜騎士団長といえど取り調べに手心はないと思え。素直に自白すれば(おの)ずと心穏(こころおだ)やかになれるだろう」

 ヘッレヴィ・キュトラ異端審問官の忠告に『嘘でぃ!』とアイリは思った。魔女だと言ったものがどうなるか何度も耳にした事があるんだ。


 魔女の(ほとん)どは火炙(ひあぶ)りになったか、呪いを(わめ)かなくなるまで川に重石(おもし)で沈められたりしている。


 どっちも嫌だぁ!


「さあ、取り調べ台に上がれ」

 拷問人が三角帽の下から押しの強そうなしわがれた低い声で命じた。

 上がるも何も、部屋奥の中央に長テーブルを斜めに立てた様なものがあった。

 左右と足元に革のベルトが垂れ下がっており、あれで手足を(しば)るんだと少女は思った。

 戸惑った様にアイリ・ライハラは部屋へ視線を(およ)がせ壁に下げられている拷問器具を見回し眼を細めた。

 尖ったものや、刃物(ブレード)の様なもの。鍛冶に使う様な(はさ)むものや、打撃武器としか思えないもの。駆けてゆきどれかを手にしたら、拷問人と異端審問官を倒すのに十分なものばかりだった。

「馬鹿な事をすれば、貴様と共にこの国の土を踏んだものらへも魔女嫌疑がかかると思え」

 ヘッレヴィ・キュトラに警告され少女は歯ぎしりし、取り調べ台へと足を進め台に向かって手足を広げた。

「貴様、おちょくっているのか!? 背中を向けられても小さな尻ぐらいしか()めようがあるまい!」

 ぶひっ!

 尻をせめる! その手があったか! アイリは一瞬死んだイラ・ヤルヴァの父親のユリアンッティラ公爵(こうしゃく)を思いだした。

 ニヤニヤしながら少女が振り向くと拷問人と異端審問官が後退(あとず)さった。

「開き直ったな魔女め! やれ!」

 そう異端審問官の女が拷問人に命じると、用心深い視線を少女の顔から外さずにその大きな男が進み出てアイリのか細い手足を台に縛りつけた。


 くそう! こうなったら刺されても切られても殴られても──意地でも口を割らないぞ!


 アイリは揺れる灯りに照らされる2人を(にら)みながらニヤつき続けた。それでも拷問人が何を手に取るのかと横目で壁へ行く男を追い続けた。


 男が両手にした先にもふもふ(・・・・)の付いた2本の棒を眼にしアイリ・ライハラは困惑で苦笑いした。




 手が止まった(すき)にやっと息ができた。


「ひぃひぃひぃひぃ」


 これは(ひど)い!

 もうやめて! 死んでしまう!

 ぜえぜえと息を吸い込むが、腹に力が入らずきちんと空気が入ってこない。

 油断させられて、またいきなりもふもふ(・・・・)(くすぐ)られ始めて少女は大声で笑いながら身を(よじ)った。

 切られたり刺されたりする方がずっと楽だとアイリは思った。


 この拷問人────本当にくるんくるんは抱き込んだの!?


 これはあのイカれ女の差し金なのかとお腹千切れそうなほど笑い少女はチビリそうになりながらも憎々しげに考えた。

 俺は主役なんだぞとひどい仕打ちの神を呪った。

「いひひひひぃ──ひぃ────」

 素直に自白すれば(おの)ずと心穏(こころおだ)やかになれるだろうというヘッレヴィ・キュトラ異端審問官の言葉が飛びそうになる意識を駆け回る。


「ひぃ──ひぃひぃひぃ──そうよ──ひぃひぃひぃひぃ────魔女で何が悪いの────ひぃひぃひぃひぃ────止めて────お願いだから──ひぃひぃひぃひぃ────止めてください──」



「よぉし! 以上! 異端審問を終わる!」



 そう宣言し出入り口から出て行ったヘッレヴィ・キュトラが扉を閉じ際に「むふっ、報告せねば」と笑った後に(つぶや)いたのを少女は耳にして思った。



 あの女審問官────絶対に裏で操ってる奴がいる!





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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