第11話 演技
文字数 3,166文字
白い輝きの火の粉を迸 らせ明るいオレンジ色の鋼を打ち下ろすハンマーで鍛 えていたクラウス・ライハラはかけられた声にも手を休めずに背を向けたまま来客に応えた。
「クラウス・ライハラ殿か!」
「ああ、そうだが。悪いな、手を休めると鍛造 に失敗するんでな」
そう断りクラウスは鞴 を踏んでコークスの火に多くの空気を送り込むと竈 の口から火の粉が舞い上がった。
「わたくしはタルヴォ・キュロと申 す。ディルシアクト城から参った」
工房の出入り口の内に立ったクラウスより高齢の身なりの良い男が無表情にそう告げた。
「ディルシアクト城? 国王の? 大量の武具なら引き受けないぞ。俺は1点ものしか作らん」
クラウスは柄 の長いペンチに挟んだ長剣を竈 の口から突っ込み冷え始めていた刃物に沢山の熱を与えた。しばらく熱すると引き抜き金台 に載せ素早くハンマーで連打し始めた。
「見事そうな腕をしておるようじゃが、仕事の依頼で参ったのではない。そちの娘のことで参った」
「娘? アイリが何かやらかしたのか?」
娘の名を出されてもクラウスは手を休めずに剣を叩 き続けた。
「いや、そうでない。アイリ・ライハラをディルシアクト城の奉公 人として召 し抱えたい旨、父親であるそち──クラウス殿の許可を頂きに参った」
「アイリが? 何かの冗談か? あいつは確かに飯を作るのは上手いが、洗濯すりゃ服に穴を開けるし、掃除すりゃものを壊す」
そう言いながらハンマーを振るう男は苦笑いを浮かべた。
「イルミ・ランタサルが側近として召し抱えたいと申しておる」
「イルミ? ──王女じゃないか! 何の冗談だ? あれに務 まるわけがない」
「これはなんの冗談でもない。きちんとした申し出で参っておる。娘、アイリ・ライハラの奉公人としての褒賞 金としイルミ王女が国よりそちに金──1億9千8百万デリ(円換算で4800万円)を──」
「あぁ!? 1億9千8百万デリ!? そんな莫大 な金を積まれても困る。あいつがいないと俺の生活が立ちゆかないんだ。器量は悪くともあれで面倒見はいいんだ」
真実を語っている。男の言葉に値を吊り上げようという意図がないとタルヴォ・キュロは見切った。
「大丈夫じゃ。そちの身のまわりの世話は今後このもの達が住み込みで面倒をみる。おまえ達、来なさい!」
そう言ってタルヴォ・キュロが手を叩 くとその背後の工房入り口から綺麗だが質素な身なりの3人の女性が姿を現した。その微かな足音に初めてクラウスは長剣を竈 に放り込み振り向いた。彼が眼にしたのはいずれもとんでもなくグラマラスで飛びきりの美人だった。侍女 どころか領主の娘──いいや、王妃 でも通りそうだとクラウスは口をあんぐりと開き女達に見入った。
城下から城に戻ったアイリ・ライハラは相変わらずイルミ王女に振り回されていた。
王女は謁見 の間にある玉座に腰を下ろし側近に騎士団長を呼びに行かせた。
アイリは王女から逃げだそうと数回試みるとイルミ王女は2人の剛腕な近衛兵を呼び兵2人に少女の両腕を握らせ玉座の横に立たせた。
騎士団長──リクハルド・ラハナトスがまもなく大部屋に現れ中央に玉座の前まで敷かれた赤いカーペットを颯爽 と歩くと数段の高見にある玉座の前で一度姿勢を正し右膝 をつき左膝 を立て右手を紋章の入ったブレスト・プレート──胸当に当て頭 を垂 れた。
それを見ていたアイリは白髪混じりの騎士団長が若くなく渋い相貌 で強い意志の持ち主だと思った。
「イルミ王女様、どの様な御用件でございますか?」
「リクハルド、私 は先ほど城下でそちの部下であるヨエル・ネストリ他1名に斬り殺されそうになりました」
リクハルドが頭 を上げ怪訝そうな面持ちを王女に見せると尋ねた。
「イルミ王女、何の御冗談を? ヨエルがその様なことを仕出かすなど──」
「いえ、リクハルド。まだ城下の西城壁に近い裏路地に倒れていると思います。捕らえ誰が陰で糸を引いたか早急に調べなさい」
騎士団長が眼を游 がせることなく無言の間 をおいているのをイルミ王女はどう感じただろうとアイリは思った。
「────」
「どうしました、リクハルド。心当たりが?」
王女に問われ騎士団長は弁明するでなく事実を述 べた。
「いえ、王女様。至急、ヨエルを捕らえます。しかして王女様のお怪我は?」
「わたくしが無事なのは、付き従っていた近衛兵副長のアイリ・ライハラが護ってくれたお陰です」
私に振るかぁ!? と玉座横で近衛兵に腕を握られたアイリは顔を引き攣 らせた。
「アイリ・ライハラ? 副長はユハナでは?」
王女に確認を求めながら、リクハルドが玉座横で大柄の近衛兵2人に腕をつかまれている少女が何ものなのだと表情のつかめない顔で視線を向けた。
「王女様、その近衛兵に捕らわれているものが手引きした何ものかに関わっておりますのか?」
騎士団長に尋ねられイルミ王女はリクハルドに微笑んだ。
「このものが新しい近衛兵副長です」
リクハルドと眼の合ったアイリは苦笑いし、顔を横にぶんぶんと振った。
「イルミ王女様、これはなんの余興 でございますか? この様な小娘が近衛兵副長だなどと私 を御揶揄 いになる────まさか、ライモ近衛兵長を打ち負かしたというのが────?」
「噂の広がるのは早いものねリクハルド。この娘 がアイリ・ライハラです」
そう言って王女は右手を玉座の横に振り伸ばし揃 えた指先でアイリを紹介した。
「てめぇ! 汚いぞイルミ! 近衛兵副長を既成 事実にしようと広めやがって!」
いきなり両腕をつかまれたアイリが暴れ近衛兵を振り解こうとし、動きがとれずに王女へ片足を蹴り上げた。
「小娘! 王女様に無礼は許さんぞ!」
リクハルド騎士団長がアイリを睨 みつけ立ち上がろうとするのをイルミ王女は片手を差し出し向けた手のひらで制した。
「良いではないか、リクハルド。これも刺客 を欺 く演技。このものがわたくしの屈強な楯 と剣だと誰も見抜けまい」
王女の説明にアイリは口をあんぐりと開き愕 くと気を取り直し両脚を交互に玉座へ振りだしじたばたと暴れた。
「えっ、演技だぁ!? イルミ! お前の向こう脛 一回蹴ったろかぁ!」
そのあまりもの暴言と態度にリクハルドが困惑した面持ちで王女に尋ねた。
「演技──で御座いますか?」
「そうよ、リクハルド────え・ん・ぎ」
そう言い渡すイルミ王女が右手で握る玉座の肘掛けの先で指を妖しく蠢 かすのを見てしまい彼はさらに困惑した面持ちで再び頭 を垂 れた。
「御意 、これより反逆者を捕らえに向かいます」
そう断り、立ち上がりさがるリクハルド・ラハナトス騎士団長の背後でアイリがなおも罵声 を王女に浴びせ続けるのを聞きながら彼は眉根に皺 を刻み、イルミ王女が何を始めたのだと困惑しながら謁見 の間を後にした。
「クラウス・ライハラ殿か!」
「ああ、そうだが。悪いな、手を休めると
そう断りクラウスは
「わたくしはタルヴォ・キュロと
工房の出入り口の内に立ったクラウスより高齢の身なりの良い男が無表情にそう告げた。
「ディルシアクト城? 国王の? 大量の武具なら引き受けないぞ。俺は1点ものしか作らん」
クラウスは
「見事そうな腕をしておるようじゃが、仕事の依頼で参ったのではない。そちの娘のことで参った」
「娘? アイリが何かやらかしたのか?」
娘の名を出されてもクラウスは手を休めずに剣を
「いや、そうでない。アイリ・ライハラをディルシアクト城の
「アイリが? 何かの冗談か? あいつは確かに飯を作るのは上手いが、洗濯すりゃ服に穴を開けるし、掃除すりゃものを壊す」
そう言いながらハンマーを振るう男は苦笑いを浮かべた。
「イルミ・ランタサルが側近として召し抱えたいと申しておる」
「イルミ? ──王女じゃないか! 何の冗談だ? あれに
「これはなんの冗談でもない。きちんとした申し出で参っておる。娘、アイリ・ライハラの奉公人としての
「あぁ!? 1億9千8百万デリ!? そんな
真実を語っている。男の言葉に値を吊り上げようという意図がないとタルヴォ・キュロは見切った。
「大丈夫じゃ。そちの身のまわりの世話は今後このもの達が住み込みで面倒をみる。おまえ達、来なさい!」
そう言ってタルヴォ・キュロが手を
城下から城に戻ったアイリ・ライハラは相変わらずイルミ王女に振り回されていた。
王女は
アイリは王女から逃げだそうと数回試みるとイルミ王女は2人の剛腕な近衛兵を呼び兵2人に少女の両腕を握らせ玉座の横に立たせた。
騎士団長──リクハルド・ラハナトスがまもなく大部屋に現れ中央に玉座の前まで敷かれた赤いカーペットを
それを見ていたアイリは白髪混じりの騎士団長が若くなく渋い
「イルミ王女様、どの様な御用件でございますか?」
「リクハルド、
リクハルドが
「イルミ王女、何の御冗談を? ヨエルがその様なことを仕出かすなど──」
「いえ、リクハルド。まだ城下の西城壁に近い裏路地に倒れていると思います。捕らえ誰が陰で糸を引いたか早急に調べなさい」
騎士団長が眼を
「────」
「どうしました、リクハルド。心当たりが?」
王女に問われ騎士団長は弁明するでなく事実を
「いえ、王女様。至急、ヨエルを捕らえます。しかして王女様のお怪我は?」
「わたくしが無事なのは、付き従っていた近衛兵副長のアイリ・ライハラが護ってくれたお陰です」
私に振るかぁ!? と玉座横で近衛兵に腕を握られたアイリは顔を引き
「アイリ・ライハラ? 副長はユハナでは?」
王女に確認を求めながら、リクハルドが玉座横で大柄の近衛兵2人に腕をつかまれている少女が何ものなのだと表情のつかめない顔で視線を向けた。
「王女様、その近衛兵に捕らわれているものが手引きした何ものかに関わっておりますのか?」
騎士団長に尋ねられイルミ王女はリクハルドに微笑んだ。
「このものが新しい近衛兵副長です」
リクハルドと眼の合ったアイリは苦笑いし、顔を横にぶんぶんと振った。
「イルミ王女様、これはなんの
「噂の広がるのは早いものねリクハルド。この
そう言って王女は右手を玉座の横に振り伸ばし
「てめぇ! 汚いぞイルミ! 近衛兵副長を
いきなり両腕をつかまれたアイリが暴れ近衛兵を振り解こうとし、動きがとれずに王女へ片足を蹴り上げた。
「小娘! 王女様に無礼は許さんぞ!」
リクハルド騎士団長がアイリを
「良いではないか、リクハルド。これも
王女の説明にアイリは口をあんぐりと開き
「えっ、演技だぁ!? イルミ! お前の向こう
そのあまりもの暴言と態度にリクハルドが困惑した面持ちで王女に尋ねた。
「演技──で御座いますか?」
「そうよ、リクハルド────え・ん・ぎ」
そう言い渡すイルミ王女が右手で握る玉座の肘掛けの先で指を妖しく
「
そう断り、立ち上がりさがるリクハルド・ラハナトス騎士団長の背後でアイリがなおも