第27話 鉾先(ほこさき)

文字数 1,751文字

「失礼いたしますゥ」

 かちゃかちゃとソーサーとティーカップが音を立てる。紅茶が注がれる間だ息をこらえてイルミ・ランタサルは見かけ大人しく待った。

 侍女(じじょ)ヘリヤが楚々(そそ)と下がると『がばぁっ!』と紅茶に口をつけ横を向いて吐きだしだ。

「あちちちちちちちぃい!」

王妃(おうひ)様ぁ、お熱いのでお気をつけくださぁあい」

 きぃっ! と横を振り向いて小言を突きつけようとするでっけぇ馬糞の口をアイリ・ライハラは手のひらで(ふさ)ぎ耳元で(さと)した。

「茶器配ってるときに言ったじゃん」


「おほん────」


 咳払いしたヨハネ・オリンピア・ムゼッティが誰にともなくティーカップをソーサーから浮かして(つぶや)いた。

「相変わらず身勝手な女ですね」

 ぷるぷると震えるカップからびちゃびちゃと紅茶を(こぼ)しながら教皇(きょうこう)がすかしたことをぬかすと顔を振り戻したイルミ王妃(おうひ)は向かい合った長ソファに居座る女を(にら)みつけ言い返した。

「あ────────ら、一張羅(いっちょうら)を汚して裸でヴィツキンに帰るつもりかしら」

 (あわ)ててタオルさしだし駆け寄る侍女(じじょ)ヘリヤを余計なことをするなと眼を細めて王妃(おうひ)は鼻を鳴らした。

「2人とも止めなよ」

 その聖下(せいか)王妃(おうひ)にきつい視線向けられ少女は茶菓子に延ばしかけた指をぴくりと止めた。

 イルミ・ランタサルはアイリの左袖をつかみ引き寄せると耳元で抗議した。

「なぁんであれが居座っているの!? 十字軍つかい追い返しなさいよ」

 少女が苦笑い浮かべると教皇(きょうこう)が火に油注いだ。

「ふん! 十字軍は私兵ではない。教会の資産なる。おまえの(ごと)き田舎ものに操れなどせぬ」


 いきなり立ち上がり王妃(おうひ)が一歩踏み出し右袖を引き上げた。


「できるか、できぬか、やってやろうじゃないの!」


 その腕を引っ張りアイリはイルミをソファに座らせた。

「あ────、あの軍隊は俺が命じないと一歩も動かないし、城塞都市の城壁外で野営する連中がファントマ城に押し寄せたらきっと城壊れるじゃん」

 ぶんと腕を振り上げ向かいソファに座る女を指さしイルミ・ランタサルが言い切った。

「じゃあ、(われ)の下にあるリディリィ・リオガ王立騎士団と剣竜騎士団の第1騎士であるアイリ・ライハラに命じます。この女を(たた)きだしなさい!」

 腰を浮かせ身を乗りだした教皇(きょうこう)は声荒げる若き王妃(おうひ)(にら)み任命して日も浅い軍将に命じた。

「教会の尊厳において命じます。この(あわ)れ身分不相応な皇族の小娘を南の矮小地(わいしょうち)へ送還なさい」

 自分に言ってるのだと少女はまた苦笑い浮かべ顔を()らし、手をかけた女2人からどっちが好きなのだと言い寄られ困る親父の気持ちが少しばかりわかった。

「軍隊は使わないし、オリンピアは市国に追い返さないし、イルミはノーブルに帰さない」

 どっちについても後々修羅場だとアイリ・ライハラは女らにひっつかまられるクラウス・ライハラの地獄絵図を思いだしていた。


 いきなり通路側の観音扉が開いて大柄な女騎士ヘルカ・ホスティラがカーペットに転がり込んで(みな)が振り向き女騎士は腕をついて上半身を起こした。


「す、すみません! イルミ王妃(おうひ)様ぁ! こ、これには、わ、わけがぁあ!」

 イルミ・ランタサルとヨハネ・オリンピア・ムゼッティが白けた顔でソファに腰を下ろすと自分指さすアイリ・ライハラに女騎士が力強く(うなづ)いた。

「やっぱ、わたしのせい!?」

 少女が問いかけると女騎士は立ち上がり身を正した。

「き、貴公が、帰ってきて剣竜騎士団を(まと)め上げると思いたいのだが、あんな軍勢を引き連れてきて近衛兵のみならず剣竜騎士団の騎士まで、ど、動揺してる」

 それを聞いて少女は溜め息を(こぼ)した。

「このままヘルカにお任せ────じゃあ、あんた納得しねぇよなぁ」

 ソファで王妃(おうひ)に並び座る少女は困惑しうなだれ頭抱えた。

「十字軍は大陸各国からの預かり騎士ばかりだから取りあえず帰すとしてだぁ──デアチの兵士らは────」

 そこまで言うと顔を上げた少女は眼に留まったものをじ────っと見つめた。


 ソファから離れたところに立つ侍女(じじょ)ヘリヤが後退(あとず)さり(かぶり)振った。



「あ、アイリさん! だ、駄目ですよ! わたしはただのメイドで、刃物は果物ナイフしか────」



「ヘリヤ、ちっとばかしぃ、髪を青く染めてみるかぁ」

 アイリ・ライハラが告げると顔を引き()らせた侍女(じじょ)が胸前に抱きかかえていた銀のトレーをカーペットに落とした。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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