第1話 第五列

文字数 1,783文字


 鳥の鳴き声に明かり取りの窓から(のぞ)くとツグミだった。

 父クラウスに知らせるために里帰りしたアイリを父は両腕広げ出迎えた。

「お前が無事に戻ったならそれが一番だ」

 アグネスとパン屋の女将さんが会いたがっていることを伝えると十数年の重みにクラウスは決心したようだった。

「そうかパン屋を城の厨房に移したのか。女将さんも城のおかかえで大変だな────ところでアイリ」

「なに?」

「ノーブルはデアチとイルブイ、イモルキと大きな共和国になった。南のイルベ連合と争うのか」

 それはわからないとアイリは思った。イルミ・ランタサルとアグネス・ヨーク次第だ。父が言いたいのはその(いくさ)に私が行くのかということだった。

 クラウスに黄泉返りのことは話してない。死の心配は不要なのだ。

 何をどう話しても心配する人だ。

「今のところ進軍の話はないよ」

「お前は奉公(ほうこう)で城に入った。騎士だの(いくさ)だのは縁遠い侍女(じじょ)という話でだ」

「イルミ・ランタサルが手放してくれない」

「報償金をすべて返してもいい」

「アガータ達に帰れというの?」

 三人がここに居着いて馴染んでいることをアイリは指摘した。それも奉公(ほうこう)の条件だった。

「私も帰るつもりないし、さぁ。もうこの話は止める。それよりテレーゼに新しい(ソード)を作ってよ。細身でしなやかな長剣(ロングソード)

 父があきらめて(うなづ)いた。





 イルミ・ランタサルとデアチ国の騎士達が(ほとん)ど引き上げてヘルカ・ホスティラとミカエル・プリンシラ二人がアグネス王妃(おうひ)の警護に残った。

「ヘルカ、貴女(あなた)もデアチ国へ帰ってよいのですよ」

 そうアグネスはデアチの騎士達に気遣った。

「いえ、貴女(あなた)様の警護はイルミ・ランタサルからの指示ですので」

 アグネスは苦笑いした。

「それではヘルカ、アイリ・ライハラのことを色々と教えて」

 今度はヘルカが苦笑いした。

「あれは良くも悪くも人です。大切な友を失った時には気狂いになりましたし、イルミ・ランタサルを守ることにかけてはなりふり構いません。いえ、仲間の騎士を大切にします。ですが、都合が悪くなるとお子様だと逃げるずる(・・)さもあります」

 それを聞いてアグネスはクスクス笑った。

(わたくし)も聞きましてよ。初めて耳にしたときには唖然となりました。でも憎めないんですよね。知り合って日も浅いのに信頼してしまいました」

 そう言う王妃(おうひ)にヘルカは付け加えた。

「きっとアイリ・ライハラは裏表がないから人に信頼されるのでしょう」

「我が騎士団に欲しい人材です」


「あげません」


 そうヘルカに言い切られアグネスは驚き顔になった。寸秒扉がノックされアグネスは応じた。

「はい、どうぞ」

 扉を開いてお辞儀したのは神官のヴェルネリ・コイスティネンだった。

王妃(おうひ)様、お勉強のお時間です」

 アグネスが不満顔になったのを見てヘルカは肩をすくめ部屋の隅へ下がった。

 神官は新しい王妃(おうひ)(まつり)ごとと教会の繋がりを毎日紐解いていた。王室が領土・人民を統治し政治を行うことは教会と密接に繋がっていた。

 その繋がりを利用し南のイルベ連合は長年イズイ大陸の各国に影響を与え、教会の意向をかさに政治へ遠まわしな力を(およ)ばさせていた。

 だが新王制の要──王妃(おうひ)には必ずデアチ国の騎士達が付き添い、あからさまな指図を神官のコイスティネンは差し控えていた。

 いざという時は教会の意向で押し切ればいい。

「では王妃(おうひ)様、昨日に引き続きビザンティン様式の聖堂における信仰心から始めます────」

 神官の教育は一時(いっとき)(:約2H)で終わるとアグネスは背伸びし黙って警護についていたヘルカとミカエルに(たず)ねた。

「あなた方──騎士の方々も教会の指導を受けるの?」

 位の上のヘルカが応えた。

「指導というほどではないですが教義は教会のものですし、任命の場に神官が立ち会います。騎士道の多くの理念に教義は密接に関係しています」

「お互いに大変ね」

 それを聞きヘルカとミカエルは笑顔を見せた。

「アイリさんも?」

「あぁ、騎士団長は十字軍総大将を兼任していますので教皇(きょうこう)とは仲が良いですよ」

「十字軍総大将!? 教皇(きょうこう)様と仲が良いから?」

 驚いたアグネスはヘルカに問うた。

「いえ、任命されたのはアイリがイラ・ヤルヴァという天使が見え話し交わすからです。でもこの間、銀眼の魔女討伐(とうばつ)の折り、別な二柱の天使と話していたらしいです」

 言ってしまいヘルカはしまったと思った。


 アグネス・ヨークが両手握りしめ瞳を耀(かがや)かせていた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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