第28話 蟷螂の斧(とうろうのおの)
文字数 2,025文字
荷馬車の後輪に激突し朦朧 となって足をもつれさせているアイリ・ライハラは、操馬台 から飛び下りてきた商人の格好の女騎士ヘルカ・ホスティラが天使に見えていた。
「眼が回って──美人に────見える」
「馬鹿者。ぬしが眼を回していなくとも我は美人だ」
少女がヘラヘラ笑って返すと、いきなりヘルカはアイリを片腕で担ぎ上げ荷馬車の荷物の上に放り上げた。
そうして女騎士は素早く操馬台 に跳び乗り相方の騎士から手綱 を受け取ると振って馬の向きを変えさせ急 かした。
激しく揺れだした荷物の上で意識がはっきりしてきた少女へヘルカが尋ねた。
「おぬし、落車した王女様を護りながら近衛兵らから逃げている途中、王女様を逃がすために近衛兵らの注意を引きつけたな。どうやって連中を引き寄せた?」
荷物から振り落とされまいとしがみつきながら、アイリ・ライハラはヘルカ・ホスティラの言葉に驚いた。
こいつの眼にはその様に見えていたんだ。脳筋からか、人柄からか、案外いいやつなのかもしれない。
アイリは王女に罵 られ見捨てた先に王女がウチルイの近衛兵らを向かわせたのだと女騎士へ言えなくなった。
「落雷魔王とは我なり! かかってきやがれへなちょこ兵ども、って怒鳴ったら連中が怒って向き変えた」
言いながら少女は疚 しい気持ちになったけれども、王女が青髪のものが魔女をけしかけたなどとは口にできなかった。ましてや騎士道に実直なヘルカ・ホスティラがたとえ真実でもそれを信じるかも怪しかった。
「はははっ、ぬしの口先も王女に負けぬ様になってきたな」
笑いとばす女騎士にアイリはしかめっ面で口先でくるんくるんに絶対勝てないと思った。あの口の悪さは天性のもので常人じゃないと思う。
ヘルカは振り向いて荷物の脇から顔を覗 かせ後方の追っ手の動向を探ったのでアイリも振り向いた。
ウチルイ国近衛兵や騎士らは殆 どが馬に逃げられ、甲冑 に剣 で走れないのか、かなりの差が開き遠くに見えた。
イルミ王女と騎士団長の2台の馬車に追いすがると、彼らに合わせ女騎士も手綱 を引いて馬を落ち着かせた。
イルミ王女が後続にヘルカの荷馬車が近づいた事を気づくと大声でアイリを呼んだ。
「アイリ! アイリ・ライハラ! こちらの馬車に戻ってらっしゃいな。お前がそっちにいるとイラがずっと手綱 を操らねばなりません」
アイリが無視してると女騎士が少女に尋ねた。
「アイリ、イルミ王女が名指しでお呼びだ。あちらへ戻りなさい。イラもずっと手綱 を握り続けて疲れているぞ」
イラ・ヤルヴァをダシに使われアイリは無視もできなくなった。荷馬車の荷物の上に立ち上がると狭い荷物の後ろぎりぎりまで下がり一気に助走して女騎士の頭上を跳び越え馬3頭分も離れているイルミ王女達の荷馬車の荷物に飛び下りた。
それを眼にして女騎士ヘルカ・ホスティラは少女の脚力に呆れかえった。成りが小さいとはいえ、あまりにもの身軽さ。暗殺者 族以上だとヘルカは眼を細めた。
荷から操馬台 に下り手綱 をイラから受け取ったアイリ・ライハラへイルミ王女が声をかけた。
「ご苦労さまですアイリ。おかげでキャラバンは待ち伏せを切り抜ける事ができました」
二頭の馬の間に吊 された魔女キルシを見つめながらぶっきらぼうにアイリは応えた。
「なぁんにもしてねよ。そこの魔女使ってさっさと切り抜けたら良かったんだ」
「まぁ、アイリ。そなたは怒っているのですか? 怒っているのですね?」
アイリはイルミ・ランタサルの性根がわかった気がした。都合の悪い事は口先で煙 に巻き誤魔化す。自分が逃げるためなら配下を捨て石にする。無駄に危険を冒 す。
ディルシアクト城の騎士や近衛兵達が不憫 に思えた。
最初はただの我がままな王女に思っていた。
自分が楽しむためにわざわざ危ない事に首を突っ込み付き従うもの達にも危険な目に合わせながら、人々の叫びを糧 に日々思いつきで過ごす。
「ええ、怒ってますとも。俺を指さしてキルシを焚き付けたと言い切った時にはさすがに呆れかえりましたとも」
「アイリ、貴女 の方へヘルカの馬車が向かうのが見えていましたか? イラの操る荷馬車には剣も上げられない侍女 ヘリヤが乗っていることを考えましたか? 貴女 はただ闇雲に近衛兵らを引き回していませんでしたか?」
聞いていてアイリ・ライハラは唇をへの字に曲げた。
どれもこれも真っ当に聞こえる。
それが悔しかった。
せめて逃げだす前にお前も逃げよと声をかけてくれてもいいだろうにと心の中で反論した。
「イルミ──あんたがそんな風に配下のものに接するならいずれ本物の窮地 に陥 った時に皆 から見捨てられるよ」
「いえ、大丈夫です。だって北の大国デアチに果敢 に挑む私 を皆 が見捨てたりしませんとも──」
聞いていて眉根を寄せてそうじゃないとアイリ・ライハラは思って王女に意見しようとして、イルミ・ランタサルが呟 いた。
「──たとえそれがカマキリが両手振り上げてるみたく────精一杯の威嚇 でも」
「眼が回って──美人に────見える」
「馬鹿者。ぬしが眼を回していなくとも我は美人だ」
少女がヘラヘラ笑って返すと、いきなりヘルカはアイリを片腕で担ぎ上げ荷馬車の荷物の上に放り上げた。
そうして女騎士は素早く
激しく揺れだした荷物の上で意識がはっきりしてきた少女へヘルカが尋ねた。
「おぬし、落車した王女様を護りながら近衛兵らから逃げている途中、王女様を逃がすために近衛兵らの注意を引きつけたな。どうやって連中を引き寄せた?」
荷物から振り落とされまいとしがみつきながら、アイリ・ライハラはヘルカ・ホスティラの言葉に驚いた。
こいつの眼にはその様に見えていたんだ。脳筋からか、人柄からか、案外いいやつなのかもしれない。
アイリは王女に
「落雷魔王とは我なり! かかってきやがれへなちょこ兵ども、って怒鳴ったら連中が怒って向き変えた」
言いながら少女は
「はははっ、ぬしの口先も王女に負けぬ様になってきたな」
笑いとばす女騎士にアイリはしかめっ面で口先でくるんくるんに絶対勝てないと思った。あの口の悪さは天性のもので常人じゃないと思う。
ヘルカは振り向いて荷物の脇から顔を
ウチルイ国近衛兵や騎士らは
イルミ王女と騎士団長の2台の馬車に追いすがると、彼らに合わせ女騎士も
イルミ王女が後続にヘルカの荷馬車が近づいた事を気づくと大声でアイリを呼んだ。
「アイリ! アイリ・ライハラ! こちらの馬車に戻ってらっしゃいな。お前がそっちにいるとイラがずっと
アイリが無視してると女騎士が少女に尋ねた。
「アイリ、イルミ王女が名指しでお呼びだ。あちらへ戻りなさい。イラもずっと
イラ・ヤルヴァをダシに使われアイリは無視もできなくなった。荷馬車の荷物の上に立ち上がると狭い荷物の後ろぎりぎりまで下がり一気に助走して女騎士の頭上を跳び越え馬3頭分も離れているイルミ王女達の荷馬車の荷物に飛び下りた。
それを眼にして女騎士ヘルカ・ホスティラは少女の脚力に呆れかえった。成りが小さいとはいえ、あまりにもの身軽さ。
荷から
「ご苦労さまですアイリ。おかげでキャラバンは待ち伏せを切り抜ける事ができました」
二頭の馬の間に
「なぁんにもしてねよ。そこの魔女使ってさっさと切り抜けたら良かったんだ」
「まぁ、アイリ。そなたは怒っているのですか? 怒っているのですね?」
アイリはイルミ・ランタサルの性根がわかった気がした。都合の悪い事は口先で
ディルシアクト城の騎士や近衛兵達が
最初はただの我がままな王女に思っていた。
自分が楽しむためにわざわざ危ない事に首を突っ込み付き従うもの達にも危険な目に合わせながら、人々の叫びを
「ええ、怒ってますとも。俺を指さしてキルシを焚き付けたと言い切った時にはさすがに呆れかえりましたとも」
「アイリ、
聞いていてアイリ・ライハラは唇をへの字に曲げた。
どれもこれも真っ当に聞こえる。
それが悔しかった。
せめて逃げだす前にお前も逃げよと声をかけてくれてもいいだろうにと心の中で反論した。
「イルミ──あんたがそんな風に配下のものに接するならいずれ本物の
「いえ、大丈夫です。だって北の大国デアチに
聞いていて眉根を寄せてそうじゃないとアイリ・ライハラは思って王女に意見しようとして、イルミ・ランタサルが
「──たとえそれがカマキリが両手振り上げてるみたく────精一杯の