第16話 秘蔵

文字数 1,663文字

 とどめになると安易(あんい)に考えたわけではなかった。

 銀眼の魔女の顔にノッチが、胸にヘルカが(ブレード)打ち込み息の根を止めようとした。

 その2人の刃口(きっさき)が氷の床をストレートに穿(うが)った。かき消えた魔女に今度はだれの後ろにと2人は互いの背後を見やり異変がないことに落とし穴の反対側のものたちへ視線向けた。

 あれだけ素早く移動続けていた魔女がフェイントかけたように姿(あらわ)さない。

 突如(とつじょ)攻撃を止めた方がぶきみだとそれぞれが思っても口に出したらまた襲ってくるようで誰も言いださない。

 いきなり雷光の(つるぎ)を消してしまったノッチが落とし穴を跳び越えてイルミ・ランタサルらの元へ戻るとその背姿を追っていたヘルカ・ホスティラも助走つけて跳び越えた。

「くるんくるん、紹介するよ。冥府(めいふ)苦悩の河(アケローン)河守(かわもり)カローンだ。あ、お前ファミリー・ネームとかあんの?」

 よれよれの(まと)った布で右手をごしごしと(ぬぐ)い握手しようとイルミ・ランタサルにカローンは手を差しだすと王妃(おうひ)はその(しわ)だらけの手を避けて後退(あとず)さり問うた。

「何ゆえに(われ)がくるんくるんだと思うのです?」

「だってお前さんの髪が────」

 そう言ってカローンは振り上げた右手の人さし指で渦を描きながら下ろした。

 イルミ・ランタサルはアイリが言うのは許せても、この男に言われたくないと(あご)を引き(にら)み上げ(つぶや)いた。

(くそ)──(じじい)

「なぁっ! なんだとぉ! (わし)(じじい)呼ばわりするだけでなく、自分のことを(たな)に上げ(くそ)を付けるかぁ! 形容詞の使い方をまちがっとる!」

 詰め寄ろうとするカローンを押しとどめながらアイリはこいつら同じ属性じゃんと苦笑いした。それに気づいたイルミ・ランタサルは矛先(ほこさき)をアイリに向けた。

「だいたいなんですか! 穴底に落ち心配かけながらこんなもうろく(・・・・)(じじい)を連れてきて!」

 押さえ込もうとする少女を(かわ)し一国の王妃(おうひ)をマジで殴ろうとする河守(かわもり)の小汚い服をアイリが引っ張ったらすっぽりと脱げてしまい全裸をさらした。


「いいでしょう。やってあげようじゃないですか!」


 アイリ・ライハラは素早くカローンから離れ、啖呵(たんか)きりスクラマサクス振り上げたイルミ・ランタサルを止めに入った。

「く、くるんくるん! 何をどうするんだぁ!?」

「ちょん()って差し上げるんです! その醜く垂れ下がった────ものを!」


「お、お前、早く服着ろよぉ!」


 アイリ・ライハラはあえて下を見ずにカローンの額に視線を固定したまま(わめ)いた。

「なんじゃい! 現世でも(わし)をそういう扱いするんかい!? この(あざ)やかで美しい(わし)を!」

 めんどくさくなったアイリ・ライハラは思いっきりカローンの(あご)(こぶし)打ち込み河守(かわもり)両膝(りょうひざ)氷床(ひょうしょう)に落としそのまま祈るように手を前に伸ばしうつ伏せになった。

「まぁ! 今さら(あが)めても許しませんよ! この卑猥(ひわい)矮小(わいしょう)老耄(ろうもう)がぁ!」

 なんでお前は人を卑下(ひげ)するときにはそうペラペラと聞いたこともないような単語を言えるんだとアイリ・ライハラは無言でイルミ・ランタサルの前に(こぶし)向けると(さと)りやっと王妃(おうひ)は静かになった。

「さてどうする? 壁に開いた穴の周囲の床は抜けて近寄れないが」

 そう告げながらテレーゼ・マカイは長剣(ロングソード)(さや)に戻した。

「フィフティーン・ステップ!」

 もはや、やり手の魔法使いの詠唱(チャンティング)のように言い捨てたアイリ・ライハラが頭上と身体の周囲に(ブレード)振り向けた刹那(せつな)、床の抜け落ちた正面にある壁の穴が横に裂けてアイリらの方へ広がった。

 その広い部屋に見えるものに彼らは言葉を失った。



 様々な動物や人の氷づけにされた(かたまり)が整然と並んでいた。



 息をしてない状態からどれもが生きてないのは明白だった。人だけでも老若男女が30人ほど捕らえられていた。

「これであの銀眼の魔女を生かしておけぬ正当な理由に辿(たど)り着きましたね」

 そう言い下したイルミ・ランタサルに誰も異をとなえなかった。

 アイリ・ライハラは銀眼の魔女の語り口を思いだしていた。正気でないのは頭の中だけではなかった。



 どういう理由からか、選ばれたこれらは魔女の(なぐさ)み物となっていた。

 アイリ・ライハラは無意識に長剣(ロングソード)剣先(ポイント)で床の氷をガリガリと(えぐ)り続けていた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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