第2話 想像

文字数 1,402文字


 ウチルイの騎士や近衛兵が逃げ去るとイラ・ヤルヴァが笑い声を上げた。

「あはははっ、チョロいものです」

 操馬台(コーチ)のアイリ・ライハラはなぜあっさりとウチルイの兵らが(あきら)めたのかまったく理解できなかった。

 だが少女はイルミ王女の寝室警護についているときに女暗殺者(アサシン)が打ち明けた話を思いだした。

 野盗に両親を殺されさ迷ったイラを荘園(しょうえん)主が拾い育ててくれたという生い立ち。

 荘園(しょうえん)主がユリアンッティラ公爵家(こうしゃくけ)らしい。そうしてあんなことやそんなことで大切にされたイラはちょっとばかし変な大人になった。

 ちょっとばかし? いいや、こいつ屈折していてかなり変だとアイリは前々から思っていたが、それがウチルイの兵らが逃げ出した理由の様な気がした。

 という事は親父のユリアンッティラ公爵が問題なのかもしれない。

 イラ・ヤルヴァは本人の弁から変な事もさせられず大切に育てられたらしい。だがそれは彼女の育ての親が彼女に興味がなかったからだ。というより、イラ・ヤルヴァは公爵の変さ(・・)を隠す表向きの令嬢だったのでは?

 それをアイリは荷台の後ろに座る彼女に尋ねたかったが、イルミ王女に馬鹿にされたように馬の(むち)で頭をぺしぺし(たた)かれるのも(しゃく)で我慢した。

 我慢すると余計に聞きたくなる。

「イラ、あんたの親父さんって────」

 操馬台(コーチ)の片側に座るイルミ王女がこれ見よがしに馬の(むち)をひゅんひゅん振り始めたのでアイリは口ごもった。だがイラの方があっけらかんと話し聞かせ始めた。

「父上ですか? とっても物腰柔らかな言葉丁寧(ていねい)な人です。でも丁寧過ぎて時々若い男の人を──顔立ちの良い男人と話す時にお姉言葉になるんですけれど」


 やっぱりそうじゃん!


 うちの親父が若い女を前にやたらと武勇伝話すのと同じだとアイリは眼を寄せた。

 猫になる! 尻に磨きをかける!

 意味がわかってきたぞ。

「イラ、あんたの親父さんって男が好────」

 咄嗟(とっさ)にアイリは頭を傾けイルミ王女が振り回した(むち)を避けた。

「父上ですか? 男の人が好きかって? いいえ、そんな事ないですよ。父はぶるいの女好きです。目移りするんでいまだに独身ですが」

 怪しい! めっちゃ怪しいじゃん!

 親父が独身を通してるのは亡くなった母さんを愛してるからだと言い訳にしてるが、その実を知っていた。

 堂々と女遊びをしに行けるからだ。

 あとはトドの睾丸っていうのを聞きだせば胸のつっかえがとれるとアイリはほくそ笑んだ。その時、まるで面白がる様にイルミ王女がとんでもない事を言いだした。

「ウチルイの兵士の目を(あざむ)くためにも、今夜はイラ・ヤルヴァの実家にお世話になりましょうか」


「へ?」


 アイリは思わず素っ頓狂(とんきょう)な声を出してしまって思った事をごにょごにょと口ごもった。



「ノーブル国1の変人が(・・・・・)、変人暗殺者(アサシン)の親父に会いに行くの!?」



 なんか、とてつもなく面倒な事になりそうだとアイリ・ライハラは眼を寄せて口を曲げた瞬間、隣で振り回された(むち)の先が少女の額に命中した。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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