第27話 北の策謀

文字数 2,628文字


 夜間の松明(たいまつ)の灯りは数を間引かれ、廊下の雰囲気は一変する。

 柱や曲がり角の先そこらに影を生み、そのいたるところに何者かが潜んでいる危機感を与える。

 う~~たまらん! これだから夜の徘徊は好きなのよ。

 イラ・ヤルヴァは足音を殺しながらウキウキと歩き、叫び声がどこから聞こえてきたのだろうと耳を澄ました。

 居館(パレス)は通路続きで繋がっており、声の遠さから王室居館(パレス)とは別だと彼女は思った。

 人が寝ぼけて上げた声にしては鮮明だった。

 ()をおいて2度聞こえたので襲われて叫びを上げているにしてはとても違和感がある。

 あれやこれやと考えながら誰にも会わずに居館(パレス)の端まで来てしまい、彼女は続く騎士たちの居館(パレス)へ足を向けた。

 渡り廊下を歩いていると、突然また男の叫び声が聞こえた。

 今度は前の2度よりも鮮明だ。

 ずっと近づいてる。

 ということは、騎士の居館(パレス)を抜けた近衛兵らの居館(パレス)かもしれないし、この騎士館かもしれなかった。

 もし男らが夜のいかがわしい行為で叫び声を上げていたらアイリになんと報告しよう。まだ子供だ。知るには早すぎるとイラはニヤニヤしながら歩いていると4度目の叫び声が聞こえた。

 曲がり角の先、螺旋の石階段で下りる地下への入口があった。

 イラ・ヤルヴァはその階段先に自分が囚われていた(ろう)があるので下りて行くのに抵抗があった。





 イルミ王女居室リビングのソファにふんぞり返って女暗殺者(アサシン)を待つ。

 握る自分の長剣(ロングソード)(スキャバード)を揺すり始めた。

 アイリ・ライハラは何もせずに待つことが段々苦痛になる。

「イラの奴、1人で夜盗と(つば)迫り合いを楽しんでないだろうな──」

 少女は寝室で休んでいるイルミ・ランタサルを放り出し叫び声の元を見に行きたくてイライラし始めた。

 いきなりアイリはソファから立ち上がり廊下に通じるドアへスタスタ歩き、ドアの前で(きびす)を返しソファまで歩き戻る。そうしてまたドアへ歩いた。それを延々と繰り返す。一往復するごとに目の前に垂れ下がった自分の群青の前髪が気に入らず頭を振って横に飛ばす。だが歩いているとそれがまた前に垂れ下がった。

 イルミ王女が起きていれば、きっと行っておいでと送りだすだろう。

 部屋から出なければいい。

 アイリはドアをそっと開くと暗い廊下へ顔を出し左右に視線を向け様子を探った。

 物音1つしない。

 数回聞こえていた男の叫び声が鳴りをひそめていた。

 余計に気になる。

 部屋にすぐに戻れる場所までなら許される。

 アイリは思い切って廊下へ出ると鉄靴(サバトン)をガチャガチャ言わせ駆け戻れる場所まで歩いた。

 立ち止まると物音1つしない。

 イラはどこまで行ったんだ?

 遠く闇の中から(やいば)交える鋭い音が聞こえてきそうだった。

 そこから先へ行こうとして少女は部屋へ戻るとまた開いたドアの陰から顔を出した。

 なんだか後ろ髪がむずむずして少女が(わず)かに振り向くと襟筋(えりすじ)の毛が一気に逆立った。

 身体がくっつきそうな背後に暗い顔をしたイラ・ヤルヴァが立っていた。

 驚いたアイリ・ライハラは廊下へ転がるように飛びだした。

「おっ、お前いつ戻ったんだ!?」

 アイリが指さすと、イラが暗い顔のままボソリと(つぶや)いた。


「いましたよ──叫ぶ男──が」


 イラがこうして戻ってきたといういうことは大したことではなかったのだとアイリは部屋に入り後ろ手にドアを閉じた。

「で、どこの阿呆(あほう)が寝ぼけて叫んでたんだよ?」


「寝ぼけてなんて──いませんでした──よ」


 なんでこの女こんなに不気味なオーラをバンバン出してくるんだとアイリは鳥肌立った。


「血を流しながらすすり泣く──男」


 血を流す!? アイリはゾクゾクしながら長剣(ロングソード)を抱きしめソファに座ると、腕がくっつくほどの真横にイラがすうっと腰を下ろし少女は思わず横へ逃げた。

「で、そいつがトイレにでも行く途中に転んでぶつけた額から血を流してた、なぁんて落ちだろう?」


「逆さ十字架に──手足を──縛られて──」


 おいおいおい! 逆さ十字架だぁ!? アイリは眼を丸くひんむいた。

「イラ、お前何を見つけてきたんだ!?」

 たまらずアイリが尋ねると、いきなり女暗殺者(アサシン)はケタケタ笑いだし少女は飛び上がりそうになった。

「ヴィルホ・カンニストさんが、逆さ張り付けで2人の黒頭巾(ずきん)の者らに焼いた火()き棒を押しつけられていました」

 ! ヴィルホ・カンニストってイルミ王女を目の前で刺そうとしたあの家臣(かしん)

 アイリは眉根をしかめてしまい考え込んだ。この時刻まで責められているのは、まだ重要なことを白状してないからだ。きつい責め苦に堪え抜くのは、それほど言えない事情があるからだった。

 あんな姑息なものが自分の命をさしおいて守り通そうとしているものは、ろくでもないものか、それとも──。

「あれぇ? アイリさん、その先を知りたくないんですか?」

 イラの方へ少女が振り向くと細めた目尻を下げ女暗殺者(アサシン)がニンマリと微笑んだ。あぁ! コイツの戻りが遅かったのはそういうわけか。老家臣(かしん)が責められるのを楽しんできやがったな。

「で、何か吐いたの?」

「吐くもなにも、焼いた火()き棒を尻の穴から──」

 とたんにアイリはソファの外に顔を突き出し「おげーっ!」と吐きそうになった。


「ふ──ん、アイリったら、聞きたくないんですか?」

 少女はイラが楽しんでいるのを知っていた。

「そんなもん聞いたら耳が(くさ)る!」



(くさ)らないですよ。ヴィルホ・カンニストが王家抹殺の取引をしたのは北の大国デアチ──そこの元老院の(おさ)サロモン・ラリ・サルコマー」





 アイリ・ライハラは北がまた10日間戦争を仕掛けるのかと顔を強ばらせサロモン・ラリ・サルコマーの名を脳裏に焼きつけた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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