第9話 地獄絵図

文字数 1,848文字

 騎士団長アイリ・ライハラの様子がおかしいと健常な騎士だけでなく負傷したものまで気がついた。

 背が低くなり大きすぎる(よろい)をまとい。長剣(ロングソード)を持て余し(スキャバード)からすら引き抜けぬ刃口(きっさき)を引き()る。

 女大将ヒルダを筆頭に健常な騎士4人に動け立ち上がれる負傷した騎士ら5人が加わり、騎士団長の前に壁となり高笑いする魔女ミルヤミ・キルシに(ソード)を向けた。



 アイリ・ライハラはリフレインのように気がついた。

 胸に息ずく群青の宝石の理由を問い詰めた幼いわたしに、自分の身体を、命を父クラウス・ライハラは、息も絶えだえの青い翼竜(ドラコー)に捧げたのだと打ち明けたのだ。

 そうすることで父は天上人(てんじょうびと)の眷属として、娘に、このわたしに、ダンジョンからの生還を望んだのだ。

 守護ではなく一体とすることで娘の延命を迷宮の奥深くで願ったのだ。



 そう────冥界近いダンジョン最下層に傷つき落ちた神の眷属──雷竜ノッチス・ルッチス・ベネトスが暗闇で(あえ)いでいて受け入れてくれた。



 力、なくしたのだわ。

 もうすべての力を失ってしまった。

 アーウェルサ・パイトニサム()の魔女のキルシが何かしてわたしからわたし自身を奪った。

 あの時、傷つき死にも絶えだえだったのは雷竜だけではなかった。

 ダンジョン最下層に深入りし過ぎてわたしを連れた父もわたしも命つきようとしていた。

 父クラウスにとって、雷竜とわたし2つの半端な寿命を足し合わせることだけがわたしを救う唯一の方法だった。

 その命を半分失った今の自分は大人の姿すら失ってしまった。

 アイリは甲冑(アーマー)を脱ぎ落とし、鉄靴(サバトン)を脱ぎ捨てそれでも重すぎる膝下まである長丈のチェインメイル姿でもう一度(ソード)のハンドルをつかみ引き()るように(スキャバード)から引き抜いた。

 雷竜──ノッチス・ルッチス・ベネトスの力失おうとも、力強い大人の自分を失おうとも、自分がやる責務は変わらないとアイリは思った。

 少女に戻ったアイリ・ライハラは重すぎる長剣(ロングソード)を震えながら振り上げ、魔女ミルヤミ・キルシに声を張り上げた。



「デアチ国とノーブル国騎士団長の名において貴様ミルヤミ・キルシ────お前を────」



「魔女ミルヤミ・キルシ! 成敗する!!!」



 その瞬間、魔女は騎士らの先で不可解な呪文をチャンティングすると星明かりの暗がりで土砂が津波のように盛り上がり騎士らを跳ね飛ばした。

 自分の前に次々に落ちてきた部下達を目の当たりにして強張った面もちのアイリ・ライハラは、ダメ元で吐き捨てた。


「サーティ────ステップ!」


 アイリはじっと待った。

 いつもなら瞬時に爆発するような力が胸から広がり髪の先にいたるまで体中に漲るのに何の変化も起きはしない。

 長剣(ロングソード)は封を切らぬ酒樽(さかだる)(ごと)き重さに2つの細腕だけでなく両膝(りょうひざ)が笑う。

 それでも騎士の矜持(きょうじ)と震え収まらぬ(ブレード)を上げ続けた。

 寸秒、距離のある大陸1と怖れられる魔女が早口で高速(ファースト・)詠唱(チャンティング)(うた)い上げるとそのアイリの方へ突き出した黒爪の両手の間に火球が生まれ空中から(むさぼ)るように炎のエレメントを吸い込み馬4頭に引かれる馬車(キャリッジ)のサイズに膨れ上がると今や力失った少女へ投げつけた。

 アイリは眼の前に急激に大きくなる(ほのお)の塊に(ソード)刃口(ポイント)を地面に落とし引き()り振り回し魔女へ背を向け大きすぎるチェインメイル着込んだ身体を丸めた。

 その火焔がいきなりアイリの周囲四方へ飛び散り冷え切った空気に爆轟響かせ切れぎれに霧消してしまった。

 恐るおそるアイリが振り向くと少女の背の近くに女大将ヒルダの大きな背があり腰を落とし半月刀(シャムシール)を両腕で構え魔女へ向けていた。

 だが蛮族の総大将であれど無事ではなかった。

 身につける革の(よろい)は黒こげに焼かれ(くすぶ)り身体のいたるところから煙りが立ち上っていた。

「ヒルダ────お前────」

 アイリに声かけられヒルダ・ヌルメラは顔を(わず)かに振り向けて微笑みアイリに言い切った。

「なんのこれしき──我は蛮族の総指揮官であり男どもにも負けぬ最高の猛者(もさ)────アイリ殿、事情はわからぬが復活して下され────」

 その途端に大柄な女戦士が片膝(かたひざ)を地面に落とし半月刀(シャムシール)(ブレード)を地面に突いた。



 その先でアーウェルサ・パイトニサム()の魔女のキルシが7重の青い魔法陣(マジックサークル)を暗闇に輝かせ高度な攻撃魔法の詠唱(チャンティング)に入り終わると少女に言い放った。


「雷撃がお前の専売特許だと思うなアイリ・ライハラ!」


 いけない! あれは最高度の雷撃系の魔法だと気づいたアイリ・ライハの前へ駆け戻る騎士らに大声で警告した。



(みな)! 逃げろ!!!」



 刹那(せつな)、大木の幹のような幾つもの落雷が山道を呑み込んだ。









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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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