第5話 前触れ

文字数 1,661文字


 デアチ国を起ちイモルキを目指すにはノーブル国よりも遠く馬を飛ばしても7日以上かかる。

 そんなに酷使すると馬が保たずアイリ達は速歩(トロット)とゆっくりの常歩(ウォーク)、休憩を入れ1日28ミウレ(:約45km)進めるのが精一杯だった。

 デアチ国が兵を向けるにしても一月(ひとつき)はかかる。それまでにことを終わらせればいいとアイリは思った。

「アイリ殿、お父上はもしや魔導師(ソーサラー)クラウス殿なのですか」

 ミカエル・プリンシラ──リディリィ・リオガ王立騎士団4位の男が常歩(ウォーク)で歩かせてる馬を寄せて(たず)ねた。

魔導師(ソーサラー)? この間まで親父(おやじ)は元剣士だったと思っていた。バリバリに魔術使えるらしい」

「剣士!? 魔導師(ソーサラー)なのに(ソード)の使い手ですか────」

 ああ、そうだ。魔術使いが()み嫌う鉄や(はがね)をぶんぶんに振り回す魔導師(ウォーロック)だ。

「酒と女にだらしなくて二日酔いで仕事せずに昼間まで寝てるやつだぞ。そんなに名の通ったやつじゃねぇ」

 アイリがそう言い捨てるとテレーゼ・マカイが食いついた。

魔導師(ソーサラー)クラウスとは伝説の魔法使いじゃないですか」

 耳にした瞬間、アイリは声を荒げた。

「あぁ!? 阿呆なぁ! 焼けた蹄鉄(ていてつ)投げ返したら顔面に喰らう阿呆だぞぉ!」


「アイリ、あなた方は親子して焼けた蹄鉄(ていてつ)を投げ合っていたのですか!?」


 少女はテレーゼの方へ振り向き片手で前髪をたくしあげ額の生え際を見せた。そこに細い傷痕があった。

「痛いだけじゃねぇぞ。すげぇ熱いからな」

 マカイの妹が鞍から落ちそうなほどどん引きした。

「だから神速を手に入れたのじゃよ」

 ノッチに言われアイリはスマし顔になった。それを見てテレーゼはまんざらでもないと思った。

「テレーゼ、お前も姉から色々叩き込まれた口じゃないのか」

 アイリに聞かれ双子の妹は言葉に詰まった。

 叩き込まれた──そんな生易しい(しご)きじゃなかった。ミミズ腫れの跡が体中にうっすらと残っている。それがあったから剣竜騎士団第4位までに登りつめた。

 それをアイリ・ライハラは1撃で終わらせた。

 殺されたとはいえ怨みはなかった。

 胸がすく思いをさせられた。

 姉以外の剣士が意識に入り込んできた。

 その(ソード)使い人が意趣返しをするという。

 こんな楽しみなイヴェントはなかなかない。

「なんだよテレーゼ?」

「いえ、むふふふ」


「お前、こわいぃ!」


 アイリが身を逃がすと思わぬことをテレーゼ・マカイが言った。

「アイリ殿、イモルキには紅い3連火というかなりの手練れがいると聞きます。用心して下さい」

 紅い3連火──聞いたことがある。今回倒す騎士らにその通り名はなかった。だが手練れどころではない。武国デアチ国の第2騎士ヴォルフ・ツヴァイクを上回る剣技(けんぎ)を持つという。

 ふん、知れたこと。

 どのように強かろうと神の(つるぎ)の前に壁とならぬ。(いかずち)を打ち込んでみせる。それがおごりでないとアイリはわかっていた。

 親父(おやじ)はそんな連中が台頭してくる前のイモルキで第1騎士に勝ったと言っていた。その言葉に(いつわ)りは感じられなかった。

 なぜ、父は追い立てられたのか。

 それを突き止めるのも今回の意趣返しのもう一つの目的だった。

 アイリが馬を常歩(ウォーク)に落ち着かせると(みな)もそれに(なら)った。

「ミカエル、馬を落ち着かせたら昼休みにしよう。歩哨(ほしょう)は先に私が立つ」

「了解です騎士団長」

 半時、馬の息を整え丘の(あい)で休むことにしてアイリは歩いて丘の上に出た。

 まだデアチの領土なのでイモルキの干渉はなかったが、用心にこしたことはなかった。

 関わってくるのは騎兵とは限らない。野盗の徒党など胡散臭(うさんくさ)い連中がいる。

 丘の上で火を起こして休めば遠くからも目立ってしまう。だが1人丘の上で座って番をすれば目立たなかった。

 一行の中で1番若いアイリが率先して見張りをするのは遠目が利くという理由もあった。

 遠くを見つめ考えるはイモルキでの父親のことだった。物心ついた頃からアイリには父は昔の話をしたがらない。

 それをここ数日、つとつとと考えるのは話したがらない理由だった。あの国から追い立てられただけじゃない。



 何か隠し事があるとアイリ・ライハラは気づき始めていた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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