第9話 お忍び
文字数 2,404文字
砂漠を抜けイルブイ国の城塞都市に入ったアイリ・ライハラ魔女討伐隊 を出迎えたのは1度死に苦悩の河 を前にしてアイリに助けられた蛮族軍団の総大将ヒルダ・ヌルメラだった。
「ライハラ殿お久しゅう御座います」
馬から下りて一礼するワインレッドの甲冑 を身に纏 った女将に合わせて彼女についてきた60騎ほどの近衛兵らも揃 って兜 を下げた。
「ああ、相変わらず律儀だなヒルダ」
アイリは苦笑いして馬から下りた。
「どうしてお越しになると報せて下さらなかったのですか大将」
話したものかとアイリは眼を寄せて一瞬思案した。魔女討伐 が知れ渡ると当のキルシに逃げられるかもしれなかった。
「ただの気まぐれで辺境を調べに行くついでに寄ってみた」
「イルブイの辺境でしたら私 がご案内します」
ヒルダはぐいぐいと歩み寄ってそう言いアイリは仰 け反 ってまた苦笑いを浮かべた。こいつのことだから何だかんだ言って兵をいっぱい連れてくるに決まってる。大軍で迫ったら早々とキルシに感づかれるじゃないかとアイリは焦った。
2人のやり取りを聞いていた女剣士ウルスラ・ヴァルティアは団長に助け船を出した。
「総大将殿、我々はお忍びで領土を見て回っているのです。今回は御同行は御免仕 ります」
ヒルダは馬上の顔隠しを下げた剣士へ視線を向け、ウルスラだと気づいた。
「これはウルスラ殿、兵がお邪魔になるのでしたら私 1人でも────」
アイリはヒルダの両肩に手を乗せ頷 いた。
「気持ちだけもらっとくよ」
肩を落としあからさまに悄然 とした総大将にアイリはその場しのぎの言葉をかけた。
「そうだヒルダ。今度魔物退治に行こう」
とたんにヒルダ・ヌルメラは眼を耀 かせ笑顔になった。
「本当ですか、アイリ・ライハラ!? 約束ですよ!」
その様子を見ていて馬上の女剣士ウルスラ・ヴァルティアは、多くのものを取り込んでしまうアイリ・ライハラとは何だと思った。だがアイリは受け入れず一方的に倒してしまう時がある。
「あなたがこの国に在るときは宴 を開きますと言いましたよね」
そう宣言するヒルダにアイリはきっぱり断った。
「悪いヒルダ。このまま城都を後にして夕刻までに西の山脈の麓 に辿 り着きたいんだ」
総大将はまたショックを受けて肩を落とした。
「ならせめてお茶会でも────」
アイリは三度目の苦笑いを浮かべて馬の鐙 に足をかけた。
「また今度な、ヒルダ」
ヒルダ・ヌルメラが一行の先に腕を振り向けると彼女が引き連れてきた兵たちが左右に分かれ一行に道を開いた。手綱 を握ったアイリに馬を寄せてウルスラ・ヴァルティアが囁 いた。
「良いのですよ急がぬとも。今日明日で裏の魔女が逃げ出したりもしないでしょう」
アイリは顔の前で手のひらを振ってウルスラに囁 いた。
「ちゃうちゃう。宴会になったらヒルダは酔うと周りのものにキスを迫るんだ。しかもつかまえた相手にゲロをぶちまけるんだぜ」
ウルスラは顔隠しの布の下で破顔した。どうやらアイリはろくでもない経験をする星の元に生まれたらしい。その困惑げな面もちに癒 やしを感じて人が集まるのかもしれないと思った。
そうして黄泉路から救われたのはあの女大将だけではないとウルスラは自分の胸に思った。
「ライハラ殿、街で夜を明かすわけにはゆかないのですか?」
隊列の先頭アイリとウルスラのすぐ後手をつく歳嵩 の騎士オイヴァ・ティッカネンが申し出たのでアイリは理由を尋 ねた。
「どうかしたか」
「はい、魔女キルシとの激戦を前に若い騎士らの英気を養っておきたいのです」
そうだなとアイリは思った。魔女との戦いで命落とす騎士もでるかもしれない。良い思いをさせてあげたいと考えいきなりアイリが馬を止めたので隊列がざわついた。
「う────ん、仕方ないな。街宿で夜を明かすか」
アイリがそう告げると騎士らが笑顔になった。単純にそれがベッドで寝られて、まともな食事がとれるからと無垢 なアイリ・ライハラだった。
さすがに1つの宿で全員は泊まりきれないので5つの客舎に別れた。それでも部屋が足らずアイリはウルスラと相部屋になった。
乱暴に床に甲冑 を脱ぎ捨てベッドに飛び乗って大の字になったアイリに顔覆いをとったテレーゼ・マカイが尋 ねた。
「まだ陽も高いのでアイリ、街を散策しませんか」
「うん。いいよ。行こう」
パッとアイリは跳び起きて柔らかいショートブーツに履き替え腰に短剣を携 えた。
稀代 の魔女と戦う重責を微塵にも感じさせないアイリを見ていてテレーゼは騎士団長が真に恐るべき強さを持っていると自覚してるのか、正真の脳天気なのかと疑問に思った。
宿屋を出て2人は歩きだすとすぐにテレーゼは視線を感じて通りを横目で見回した。原因はすぐにわかった。10軒ほど先の商店のテントの陰に半身隠れるそのものがいた。
「アイリ、つけている輩 がいます」
「知ってる──この気配、ヒルダじゃん」
半目になってぼそりと告げたアイリの能面みたいな表情にテレーゼは苦笑いを浮かべ、よく気配がわかったともう一度横目で確かめると確かにそれらしいワインレッドの甲冑 を身につけているのがわかった。
「やはりイルブイ国に来たほんとうの目的が気にかかるのでしょうか」
「違うよ。自分がハブられてるのが不安なんだよ」
アイリはめんどくさそうな顔でテレーゼに告げた。ハブ られてる──テレーゼは小さく笑った。
「しゃ──ないな」
そう呟 いてアイリは振り向くとイルブイ国兵士の総大将を手招きした。それに気づいたヒルダ・ヌルメラは鉄靴 をガチャガチャ言わせ明るい顔で走ってきた。
「いやぁ──アイリ殿、奇遇です。都市に泊まって行かれるならそう仰 れば城に部屋を用意させましたのに」
ついさっき会っておいて奇遇もなにもないだろうとアイリは眉根を寄せた。
「ウルスラがお忍びでって言ったじゃん。城に泊まったらお前、大宴会開いてまたゲロ吐くだろぅ」
恩人に指摘され総大将は勢いよく頭 振った。
「ライハラ殿お久しゅう御座います」
馬から下りて一礼するワインレッドの
「ああ、相変わらず律儀だなヒルダ」
アイリは苦笑いして馬から下りた。
「どうしてお越しになると報せて下さらなかったのですか大将」
話したものかとアイリは眼を寄せて一瞬思案した。魔女
「ただの気まぐれで辺境を調べに行くついでに寄ってみた」
「イルブイの辺境でしたら
ヒルダはぐいぐいと歩み寄ってそう言いアイリは
2人のやり取りを聞いていた女剣士ウルスラ・ヴァルティアは団長に助け船を出した。
「総大将殿、我々はお忍びで領土を見て回っているのです。今回は御同行は御免
ヒルダは馬上の顔隠しを下げた剣士へ視線を向け、ウルスラだと気づいた。
「これはウルスラ殿、兵がお邪魔になるのでしたら
アイリはヒルダの両肩に手を乗せ
「気持ちだけもらっとくよ」
肩を落としあからさまに
「そうだヒルダ。今度魔物退治に行こう」
とたんにヒルダ・ヌルメラは眼を
「本当ですか、アイリ・ライハラ!? 約束ですよ!」
その様子を見ていて馬上の女剣士ウルスラ・ヴァルティアは、多くのものを取り込んでしまうアイリ・ライハラとは何だと思った。だがアイリは受け入れず一方的に倒してしまう時がある。
「あなたがこの国に在るときは
そう宣言するヒルダにアイリはきっぱり断った。
「悪いヒルダ。このまま城都を後にして夕刻までに西の山脈の
総大将はまたショックを受けて肩を落とした。
「ならせめてお茶会でも────」
アイリは三度目の苦笑いを浮かべて馬の
「また今度な、ヒルダ」
ヒルダ・ヌルメラが一行の先に腕を振り向けると彼女が引き連れてきた兵たちが左右に分かれ一行に道を開いた。
「良いのですよ急がぬとも。今日明日で裏の魔女が逃げ出したりもしないでしょう」
アイリは顔の前で手のひらを振ってウルスラに
「ちゃうちゃう。宴会になったらヒルダは酔うと周りのものにキスを迫るんだ。しかもつかまえた相手にゲロをぶちまけるんだぜ」
ウルスラは顔隠しの布の下で破顔した。どうやらアイリはろくでもない経験をする星の元に生まれたらしい。その困惑げな面もちに
そうして黄泉路から救われたのはあの女大将だけではないとウルスラは自分の胸に思った。
「ライハラ殿、街で夜を明かすわけにはゆかないのですか?」
隊列の先頭アイリとウルスラのすぐ後手をつく
「どうかしたか」
「はい、魔女キルシとの激戦を前に若い騎士らの英気を養っておきたいのです」
そうだなとアイリは思った。魔女との戦いで命落とす騎士もでるかもしれない。良い思いをさせてあげたいと考えいきなりアイリが馬を止めたので隊列がざわついた。
「う────ん、仕方ないな。街宿で夜を明かすか」
アイリがそう告げると騎士らが笑顔になった。単純にそれがベッドで寝られて、まともな食事がとれるからと
さすがに1つの宿で全員は泊まりきれないので5つの客舎に別れた。それでも部屋が足らずアイリはウルスラと相部屋になった。
乱暴に床に
「まだ陽も高いのでアイリ、街を散策しませんか」
「うん。いいよ。行こう」
パッとアイリは跳び起きて柔らかいショートブーツに履き替え腰に短剣を
宿屋を出て2人は歩きだすとすぐにテレーゼは視線を感じて通りを横目で見回した。原因はすぐにわかった。10軒ほど先の商店のテントの陰に半身隠れるそのものがいた。
「アイリ、つけている
「知ってる──この気配、ヒルダじゃん」
半目になってぼそりと告げたアイリの能面みたいな表情にテレーゼは苦笑いを浮かべ、よく気配がわかったともう一度横目で確かめると確かにそれらしいワインレッドの
「やはりイルブイ国に来たほんとうの目的が気にかかるのでしょうか」
「違うよ。自分がハブられてるのが不安なんだよ」
アイリはめんどくさそうな顔でテレーゼに告げた。
「しゃ──ないな」
そう
「いやぁ──アイリ殿、奇遇です。都市に泊まって行かれるならそう
ついさっき会っておいて奇遇もなにもないだろうとアイリは眉根を寄せた。
「ウルスラがお忍びでって言ったじゃん。城に泊まったらお前、大宴会開いてまたゲロ吐くだろぅ」
恩人に指摘され総大将は勢いよく