第15話 荒馬

文字数 1,745文字


 冷たい手ぬぐいを額に当てられ眼が覚めると、アイリ・ライハラはヘルカ・ホスティラの膝枕(ひざまくら)で寝ていた。

「気がついたか」

「う────ん、どうして寝てたんだ」

「貴君は、貧血で倒れたんだ」

「貧血? 顔と後頭部、痛いんですけど」

「倒れて打ち所が悪かったんだよ」

 アイリは身体を起こすと後頭部に片手を当てた。大きな(こぶ)が指に触れ痛みに泣き顔になった。

「ううっ、派手に倒れたんだなぁ」

 痛がる騎士団長(きしだんつおう)を見つめヘルカ・ホスティラはつかみ上げていたアイリを落っことしたなどとは口が裂けても言えなかった。

 アイリ・ライハラは大蛇(グローツラング)と眼が合ったとこまではなんとなく思い出せたが、もらった不幸が皆目見当つかなかった。

「騎士団長! ご無事で何よりです」

 中堅騎士のイスモ・ヤラに(ねぎら)いの声をかけられ振り向いたアイリは突然のめまいにヘルカ・ホスティラに肩を支えられた。

「まだ無理をするなアイリ。(みな)もあの呪いの大蛇には酷い目に合ったんだから」

 あぁそうだ。ひっくり返った(みな)を坑道に運び込んでいる最中にあの不幸の大蛇と目が合ったんだ、とアイリ・ライハラは思いだした。

「うぅ、ここは何階層だっけ?」

 アイリ・ライハラがヘルカ・ホスティラに問うと女参謀長は30階層だと告げアイリに問い返した。

「アイリ、次の階層の魔物はどの様な魔物なのだ?」

「う──ん、31階層──ディーノス────ディオメーデースの人喰い馬の1頭」

「人喰い馬!? 大馬の!?」

 ヘルカ・ホスティラが声を裏返させ数人の騎士が息を呑んだ。

「そう。恐ろしい馬。(ソード)を噛み割るお馬さん」

 アイリ・ライハラのそのふざけた言い方が余計に不気味さを(あお)った。

「お前ら引き返すか?」

 アイリは騎士らの方へ顔を振り向け問うた。

「凶暴でも馬ですよね」

 1人の若い騎士が騎士団長に(たず)ねた。

「大きいぞ」

 先の若い騎士が恐るおそる問いかけた。

「どれくらい」

「象ほど」

「そ、それ馬ですか!?」

 やり取りにヘルカ・ホスティラが割って入った。

「それを貴君の父親は倒したんだよな」

「いや、仲良しになった」

「仲良しだぁ!? そこのとこ詳しく聞かせなさい」

「親父、蹄鉄(ていてつ)を用意して取り入ったんだ。それ以来スルーさせてくれるんだ」

 その話に騎士らは食い入った。

「そ、それじゃあ騎士団長がいるだけでディーノスはスルーできる?」

「うにゃ。蹴り飛ばされる」

 騎士らが落胆するとヘルカ・ホスティラが突っ込んだ。

「じゃあここで終わりとするか」

 腰ものに手をかけてアイリ・ライハラは立ち上がると言い切った。


「うにゃ。ディーノスを倒すぞ!」


 気勢上げるアイリ・ライハラの後頭部の(こぶ)が痛々しかった。





 (ほとん)どの騎士が蹄鉄(ていてつ)で蹴り上げられ身体を()らしていた。

 大馬の(たてがみ)をつかんで背に乗るヘルカ・ホスティラが振り回されていた。

「ハイヨ──ォ、ディーノス!」

 喊声(かんせい)を上げ逃げ回るアイリ・ライハラを追いかけ大馬が暴れまくる。

「だから言ったじゃん! 親父にしか(なつ)いてないって!──あっ、ほげぇ!」

 油断したアイリは後ろ足に蹴り飛ばされた。

「あっ、じゃない! (われ)はどうしたら──!?」

 跳ね上がった大馬の尻に打ち上げられヘルカは頭を飛び越え落ちると顔から地面に突っ伏した。

「ひひん!」

 ディーノスは勝ち誇った様に(いなな)くと洞窟(どうくつ)内を見回した。(うめ)きうずくまる騎士らの中で1人立ち上がるものがいた。

「もう許さないぞ」

 アイリ・ライハラは言い捨て長剣(ロングソード)を引き抜いた。

 大馬は(ひる)みもせず騎士団長に歩み寄って(ソード)先を(くわ)えると噛み割った。

「ひっ、何てことするんだぁ!」

 言ってはみたものの後の祭り。アイリは短くなった元長剣(ロングソード)をぶんぶんと振り回しディーノスに迫った。大馬は後ずさりしてアイリの太刀筋(たちすじ)(かわ)すと洞窟(どうくつ)の壁に尻がついた。

 逃げ道を失ったディーノスは瞳をうるわせた。

「涙目で見つめてもだめだからな!」

 アイリ・ライハラは刃口(きっさき)の無くなった(ソード)を構えた。

 うるうる────うる。

 アイリは唇を噛みしめ大馬を見つめた。

 諦めて(ソード)を腰の(スキャバード)に仕舞うとディーノスが顔を寄せてきてアイリの顔をベロリと舐めた。

「うぷぷぷっ。お前本当は()の良い奴だったんだな」

 アイリ・ライハラは顔を拭いながら片手で馬の顔を押しのけ魔物に対する思いを改め油断すると後ろを向いた大馬にまた蹴り飛ばされた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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