第6話 思いやり

文字数 1,793文字

 星球武器(モーニングスター)を振り下ろし石畳を(くだ)いたイルミ・ランタサル王妃(おうひ)はアイリらノーブル国のものを見つめると顔を歪めた。

 それを唖然と見つめている騎士らから少女は王妃(おうひ)に走り寄り武器持たぬ腕をつかみ駆け始めた。

 仕方なく共に走り出したイルミは皆から十分に離れるとどっと泣き始めた。

「お、おめぇ、くるんくるん! 走りながら泣くのはいいけど、星球武器(モーニングスター)を振り回すな! 当たりそうだぁ!」

 文句たれるアイリの鼻っ面を金属の棘がひゅんと(かす)り、少女は顔を思いっきり()らすと、ずるずると鼻を(すす)りイルミが泣き言を連ねだした。


「だぁってぇ──ぐすぐす────この国のものって馬鹿ばっかしで──ずるずる──盗賊の頭領になった気が────してくるのぉ」


 何を今更(いまさら)とアイリは王妃(おうひ)へ顔を振り向け指摘した。

闘技場(アリーナ)で言ったよな! おまえ後先考えねぇのか! と言ったよな!」


「だぁってぇ──ぐすぐす────圧制の王さえ──ずるずる──いなくなったら────家臣(かしん)らは正しき政治を行うと────」


 こいつ阿呆かと少女は眉根しかめた。

 そんな連中がたくさんいる国なら、侵略狂いの王制をとっくの昔にひっくり返しているだろう。

「うぉっ!」

 跳ね上がった打撃部が少女の眼の前で踊った。

 廊下を数回曲がり、人気がなくなると少女はいきなり立ち止まり遅れて足を止めた王妃(おうひ)から星球武器(モーニングスター)をひったくった。

「やい! くるんくるん! 盗賊は頭すげ替えても盗賊なんだよ。それを下っ()から背負ってるんだ!」

 寸秒イルミは上目遣(うわめづか)いで考え(かぶり)振った。

「いえ、アイリ。それは違います事よ。生まれついての盗賊がいない様に、更正できない盗賊は世の中にいませんのよ」

 アイリ・ライハラは星球武器(モーニングスター)をぶら下げたままの片手を腰に当てその君主の鼻っ(つら)を指さした。

「お前ぇ、盗賊にやり直せと力説してる()に、身ぐるみ()がされる口だぞ」

 イルミ王妃(おうひ)は眉根をしかめ、両手を当てた腰を軽く曲げリディリィ・リオガ騎士団長と目線を合わせやり返した。

「あら!? あなたも生まれながらにして騎士ではなかったでしょう?」

 うぅぅ、話をすり替えられたようだとアイリは眼を寄せ考え込んだ。またこいつ、いいように丸め込もうと──少女はイルミの手を盗み見たが怪しく(うごめ)かしたりしていない。

 そう。物心ついた頃には家業が鍛冶屋で、自分も跡を継ぐんだと思っていた。

 その娘に父はあろう事か、真っ赤に焼けた蹄鉄(ていてつ)をポイポイ投げつけ反射神経を(きた)え上げた。

「イルミ、お前ぇ、子供心に国を継ぐんだと思ったのか?」

 王妃(おうひ)は腰に当てていた片腕を上げ(あご)の先に人さし指をやって眼を細めた。

「いずれ王位を継承すると思っていたわ。でもそれはノーブル国の事でよ。王たる殿方を見つけ2人して国を治めるのだと理解していたのは本当よ」

 それが曲がってしまったのは、大国デアチの君主が大陸制覇の野望を抱いたせいだとアイリは思った。

 要地にあるノーブル国に食指を動かしイルミ王女やウルマス国王の配下を抱き込み、魔女を差し向けたからだ。

 くるんくるんも、大陸の闇に巻き込まれた1人なんだ。



「なぁイルミ────お前ぇぜんぶ投げだして逃げるなら活路を開いてやるぞ」



 少女がぼそりと提案した寸秒、イルミ・ランタサル王妃(おうひ)は微笑んだ。

「気持ちだけにしておくわ、アイリ」

 2人が走って来た廊下の方から鉄靴(サバトン)が石畳を踏む音が近づいて王妃(おうひ)と少女が顔を向けるとリクハルド・ラハナトスやヘルカ・ホスティラ達が見回しながら歩いて来るところだった。

「リディリィ・リオガ王立騎士団はいつもあんたと共にある。もっと自信を持ってこの国を引っ掻き回せよぉ」


 少女がそう告げると王妃(おうひ)は手を伸ばし星球武器(モーニングスター)を持たぬ方のアイリ・ライハラの手のひらを握りしめた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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