第13話 げんなり

文字数 1,685文字




 26階層は手薄で弱い魔物しかいなかったが27階層に(かに)の化け物カルキノスが待ち構えていた。

 傾斜した坑道が洞窟(どうくつ)へと広がる手前の陰に(みんな)して息をひそめた。

 シャキシャキシャキシャキ。

「これ見よがしに鉗脚(かんきゃく)((はさ)み)を鳴らしやがって」

 アイリ・ライハラは(うら)みを吐き捨てると唇を曲げた。

「アイリぃぃぃ! なんであの怪物(がに)は洞窟の入口に待ち構えているのだぁ────ほげぇ!?」

 アイリはヘルカ・ホスティラの口を塞ぐためにヘッドロックをかけると騎士の1人が問いかけた。

「騎士団長殿、あの(カルキノス)はなぜこうもあからさまに待ち構えているのですか?」

「うるせぃうるせぃ俺っちに聞くな!」

 シャキシャキシャキシャキ。

「ひぃ────っ」

 (はさみ)の音にアイリ・ライハラは悲鳴を上げた。

「アイリ、貴君はあの怪物(がに)(うら)みもたれることでもしたのか!?」

 ヘルカ・ホスティラに問われぶんぶんとアイリは(かぶり)振った。

 昔、(はさ)まれて(はさ)みを折ったなどと言えるものかとアイリは眼を寄せて言い(つくろ)った。

「いやぁ、あいつ腹を空かせて(えさ)を待っているんじゃ──ないかと」

 シャキシャキシャキシャキ。

「ひぇ────っ!」

 坑道に片方の(はさ)みを突っ込んで引っ掻き回す(かに)の執念をアイリ・ライハラは蹴り飛ばした。

「うざいうざいうざ──い」


 シャキシャキシャキシャキ。


「ひぇ────っ」

 逃げようとするアイリ・ライハラのローブをヘルカ・ホスティラはひっつかんだ。

「やはり貴君は、何かしたのですね!」

「しらねぇ、しらねぇよ!」

 唇をひん曲げて否定する(さま)を見てヘルカ・ホスティラは確信した。

「アイリ、貴君は何をやらかしたんですか!? (カルキノス)に何をやらかしたんですか!?」

「え? (はさ)みに(はさ)まれて先っぽをへし折った」

「やっぱりやらかしたんですかぁ! どうするんですかぁ!」

 ヘルカはアイリの両肩をつかんで激しく揺すった。

「うわぁうわぁ、あいつ横にしか進めないから縦に逃げれば」

 ヘルカはそれを聞いてアイリのローブの(ほこり)を払うと坑道の出口に振り向けた。

「ちょっとやってみせて」

 ヘルカは腕力にものをいわせアイリを押し出した。

「うわぁ! 何するかぁ!」

 シャキシャキシャキシャキ──ン。

「ひぃ────っ!」

 ガシャガシャと鉄靴(サバトン)を鳴らして逃げ回る音が聞こえてきた。

 シャキシャキシャキ──ジャキン。

「あっ、つかまった!」

 ヘルカがぼそりと言うと坑道の陰に隠れていた騎士らがこぞって洞窟(どうくつ)へと駆けだした。

 (かに)は幌馬車(キャリッジ)ほどもある大きな魔物だった。

 (カルキノス)は折れた(はさ)みを振り回したが誰1人としてつかまらず、健常な(はさ)みに(はさ)まれたアイリ・ライハラだけが振り回されていた。

 ヘルカ・ホスティラは途中まで駆けだし振り向いて(カルキノス)へと(ソード)を振り上げた。

 振り下ろされた半折れの(はさ)みを(ソード)で弾き返し、次に振り下ろされたアイリ(はさ)まれた(はさ)みを根元から叩き切った。

 そのままヘルカ・ホスティラは姿勢を落とすと(カルキノス)の腹めがけ(ソード)を突き上げた。

 (やいば)甲羅(こうら)まで突き抜け(カルキノス)は泡を吹いて霧消すると手のひら半分ほどの魔石が転がり落ち(はさ)まれていたアイリ・ライハラは自由になった。

「アイリ、貴君はどうして片(ばさ)みが折れた大蟹(おおがに)がいることを黙っていたのです」

「昔の事なんで、もういないと思った」

 腕組みをしていたヘルカ・ホスティラはため息をもらし腕を解いた。

「他にも言っておく魔物はどれくらいいるのです?」

 アイリは両手を顔の前に片手上げ指を折り始めた。3本で止めたのでヘルカは3体だと思った。

「3体ですか。詳しく」

 アイリは(かぶり)振った。

「30体」

「え? 30? そんなに」

 ヘルカは驚いた。100階層まで(ほとん)ど2階層毎に厄介な魔物がいる事になる。

「なあヘルカ──」

 アイリ・ライハラに声かけられ困惑げな面もちをヘルカ・ホスティラは向けた。

「──もう止めない?」

「いえ、やめません」

 ヘルカ・ホスティラは30の魔物とイルミ・ランタサル王妃(おうひ)の怒りを天秤(てんびん)にかけていた。

「それよりも。最下層まで下りるのに倒した魔物はまた上るときには新しい魔物と入れ替わるのですか?」


 アイリが縦に首を振ったのを見てヘルカ・ホスティラは迷宮探索を止めたくなった。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み