第8話 抜かった先
文字数 1,745文字
暗殺者のような白髪の女は来ない気がして明け方近くにアイリ・ライハラは出入り口横の床に座ったまま寝入った。
明るくなれば安心できる。
朝、小屋を後にせずイルミ・ランタサルは昼頃になって皆に出発する指示を出した。
そのためアイリは寝不足にならずにすんだ。
借りた小屋を後にする前にアイリはもう1度小屋の隅々を調べ出入り口になりそうなものを探した。
少女は床板の目地に長剣の刃口を差し込み剥がれないかさえ確認し、下ろし戸の雨戸が付いた明かり取りの窓と正面の出入り口以外に人が入り込めそうなものはなかった。
それをヘルカは手伝い、テレーゼはその間、小屋から見える家の散見する村をつぶさに見回していた。
イルミ・ランタサル王妃は誰の邪魔するわけでもなく絶えず人目のある明るい場所に居続け腕を組んで考えごとにふけっていた。
明るさが齎す安心感に皆依存していた。
昨夜、襲ってきたものが最初に手をかけようとしていたのが間違いなく王妃だったので、馬に乗り移動する際にイルミ・ランタサルを中央に3馬身離れ先頭をアイリが、左右をテレーゼとヘルカが、殿をノッチが務めることになった。
「ところで、ウルスラ────あなた部屋の中でアイリみたいな斬撃を使いましたね。あれはどれくらい遠くまで届くの?」
「斬撃!? あぁ、あれはアイリほど遠くのものを壊せません。精々、居館2棟から3棟までです。ですが横に広く斬りつけるので横並びの兵なら30人ぐらいを一気に戦闘不能にできます」
「まあ! それほどの使い手とは知りませんでした」
アイリは後ろの会話を聞いていて、テレーゼ・マカイの素性がくるんくるんにバレていないことに安心感を覚えた。イルミは襲撃に動転していたのかテレーゼが叫び部屋の壁を引き裂いたのを剣技と勘違いしていた。
イルミはデアチ国に乗り込んだときキャラバンを襲いイラ・ヤルヴァの命奪ったのが紫の双子騎士の片割れだと知っていた。今、素性が知られテレーゼを見限ることになれば痛手になる。呪いの叫びは恐ろしい破壊力がある。重要な中距離の攻撃の担い手がいなくなればイルミを護るのも難しくなるのは明白だった。
だが襲撃者は至近距離で易々とテレーゼの叫びを躱したことになる。アイリは自分自身が浴びせられ躱すこともできず斬り刻まれたことを思いだした。
油断ならない身の動かしようだ。
襲撃してきた奴は、もしかしたら俺の全速力の速さに匹敵するかもしれないとアイリは悩んだ。
ふと少女は女騎士ヘルカ・ホスティラが静かなことに気づいて半身振り向いて横目で様子を見た。
脳筋が苦虫を噛み潰したような面もちで手綱握っている。
王妃を護るリディリィ・リオガ王立騎士団の要が簡単に打ち倒されたことが気にくわない────いや、そうじゃないとアイリは思った。
襲ってきた奴が格上だったのだ。
お前の責任じゃないとアイリは声を掛けかけて口を噤んだ。
ヘルカ・ホスティラの挽回のチャンスはある。敵は腕を斬り落としあまつさえ呪いのような魂を侵食する穢れを残していったのだ。それが五体満足に生きているのを目にしたらイルミ・ランタサルを狙う前に意地でヘルカ・ホスティラに挑んでくるはずだ。
そこに付け目があるとアイリは思った。
いずれにせよ銀盤の魔女なら、北東の地に近づくほど夜更けに奇襲をかけてくるだろう。
それが魔女や人に対する不変の常識だとの考えだとアイリ・ライハラは思い知らされる。
いきなり後ろのヘルカ・ホスティラとテレーゼ・マカイがざわついた。
「あ、アイリ! お前の曳き馬に────!!!」
2人のどちらが叫んだとか判断する前にアイリは右の手綱引き馬を右に振り向けて顔を強ばらせた。
明るい昼なら────────。
安心感が引き剥がされ群青の少女が眼にしたのは、手綱を思いっきり引き乗った馬を後足で立たせたイルミ・ランタサルの青ざめ引き攣った面もち。
まだ宿泊した村を出て半時しかたっていない間合いが油断に拍車をかけていた。
馬が暴れただけでない証拠にヒルダ・ヌルメラとテレーゼ・マカイが2人して抜刀しアイリの馬に繋がれた曳き馬へ鋭い視線を向けていた。その馬に何の異常もなく────。
またしてもアイリ・ライハラには敵の姿が見えていなかった。
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