第5話 入りたくないのに

文字数 1,764文字

 気配というよりも細い糸の(きら)めきからその先にぶら下がる小さな昆虫に気がついた。

「ひっ! ひえぇぇぇぇ!」

 (あわ)てふためいたアイリ・ライハラは壁に持たせかけている長剣(ロングソード)を引き抜いた。それを振り回し蜘蛛(くも)()ろうとした。あまりにも小さく軽い蜘蛛(くも)は風圧で激しく揺れた。

 ふらふらと揺れる蜘蛛(くも)の大きさに気づきアイリは剣を振り回すのを止めた。

 寝具に落ちた小蜘蛛(こぐも)をアイリは急いで(たた)きつぶした。

 足を丸めて動かなくなった蜘蛛(くも)をアイリは払って床に落とした。

「タランチュラじゃねぇ」

 アイリは眼を白黒させて遠目に払い落ちた蜘蛛(くも)を確かめた。

 タランチュラ団の話はイルミ・ランタサルが始めたんだった。そこに理由があったら。

 退屈しのぎに話すようなことではない。

 王妃(おうひ)の身に危機が────。

 アイリは長剣(ロングソード)片手に寝室を飛びだした。

 (やかた)の廊下を駆けてイルミ・ランタサルの居室に急いだ。

 ドア前の廊下に立つ近衛兵が2人とも崩れ落ちていた。

 蹴るように開けた扉の先に広い居間があり奥まったドアの先にイルミ・ランタサルの寝室があった。

「イルミ! イルミ・ランタサル!」

 朝日の差し込むベッドに起き上がった王妃(おうひ)の姿を見てアイリは安堵(あんど)した。

「どうしたのアイリ!?」

「タランチュラ団に()られたかと。いや、昨日退屈しのぎに何かないかって聞いたらイルミがタランチュラ団の話ししてから胸騒ぎが」

 イルミはため息をついた。

「心配してくれてありがとう。でもあれは退屈しのぎの話だったのよ。余計な心配をかけたわね」

 アイリは自室のベッドに蜘蛛(くも)の子が下りてきた話をした。それを聞いたイルミは騎士団長が蜘蛛(くも)を怖がることを心配し始めた。屈強のアイリ・ライハラに弱点があってはならない。

「アイリ、あなたの弱点を突いてくる敵がこの先現れないとはいえないわ。だから前向きに乗り越えて欲しいの」

 ぷるぷるとアイリは(かぶり)振った。

「乗り越えて欲しいの」

 ぶんぶんとアイリは激しく(かぶり)振った。

「乗り越えられるわよね」

 ぶわんぶわんとアイリは思いっきり激しく(かぶり)振った。


──♦♦♦──


 ノーブル国とデアチ国との間ウチルイ国で1、2を争う大きさの街を後にし西へ揺られること6時間ラビレス迷宮という鍾乳洞(しょうにゅうどう)がある。

 そこの入り口にノーブル、デアチ、イルブイ国の混成騎士団26名が集合していた。

「騎士団長、大きな立て看板に──ここに入るは阿呆(あほう)なり。目先の欲に(くら)んだものは生きて地上に戻れると思うな──とありますが」

「気にするな。1度は壊した立て看板だ。中は行楽地のように楽しいぞ」

「騎士団長、入られた事あるんですか」

「ああ、嫌になるぐらい」

 応えながらアイリはしかめっ面になった。

(みんな)心配するな。騎士団長と私はこのダンジョンの奥深くに踏み入った経験がある」

 女参謀長ヘルカ・ホスティラが胸を叩いて(みな)を安心させた。

「でも何で騎士団長と参謀長は入口と逆側に立たれているんですか?」

 アイリとヘルカが顔を見合わせアイリ・ライハラが思いもしない事を平気で言い切った。

「勇敢な君らに華を持たせようという親心だぁ」

 イルミ・ランタサルが言い出さなければこんな嫌なダンジョンに来るつもりはなかった。

 前向きに乗り越えて欲しいのって、また大蜘蛛(おおぐも)とやりあわなければならない。あの黄色と黒の縞模様の蜘蛛(くも)を思い出しアイリ・ライハラは(よろい)の下で鳥肌だった。

 前回はイルミ・ランタサルを置き去りにして逃げられたが、今回は誰を置き去りにしようかとアイリは(みな)を見まわした。

 血の気盛んな若い騎士の数人の顔を見つめアイリはこいつらならと5人の顔を覚えた。

「騎士団長、大きい魔物はどれくらいのがいるんですか?」

「タラスコンという奴が71階層にいる。人を食らうのが好きな小屋ほどもある獰猛で人を喰らうためならマグマにも飛び込む大蜥蜴(とかげ)だ。まれに上の階層にまでやって来るぞ」

「全員で()り掛かれば倒せますよね」

 若い騎士が(みんな)の視線を集め苦笑いした。

「一気に10人喰われるのが落ちだ」

 騎士らがアイリ・ライハラへ振り向くと見せかけ19の騎士団長はさらに追い打ちをかけた。

「身の丈、倍のサイクロプスなんてのもいるぞ。一殴り受けただけで人間なんてイチコロだぞ」

 なんて事もすべて言い出しっぺのくるんくるんのせいだとアイリ・ライハラは思っても言えない立場に腹立ちを覚えた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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