第13話 終わりの始まり

文字数 1,885文字

 冷静でいられるほど投げやりになっていたわけでもない。

 暗すぎて何も見えない星明かりの下で(そば)を落ちるヒルダ・ヌルメラの大柄な身体がなんとなく見えたのは(なび)く髪のシルエットが激しく揺れ動いていたからだった。

 俺に言われるままに魔女の生死確かめるために谷底に暗闇の中で岩場を下りることになっても文句1つ言わず付いてきて命まで堕とすことになった。

 なぜ朝まで待ちましょうとか言わなかったのだとアイリ・ライハラは思った。

 激しく揺れるヒルダの身体の動きを見ていてアイリはいきなり伸ばした手でつかんだ。

「アイリ殿ぉぉぉぉお! すみません。すみません。すみません」

 もう高さもさして残ってなかった。

 (わめ)き散らすように謝る大の大人に優しく言い聞かせる余裕はなかった。

 アイリは身体を振ってヒルダを上に回しこみ自分が下側になった。

「だ、ダメですアイリ殿ぉお! 私の身体をクッションに助かって下されぇえええ!」

 じたばたと暴れ(わめ)くヒルダが面倒くさい奴だとアイリは苦笑いを浮かべてしまった。

 身体で大きく異なる自分1人挟んでもヒルダが助かる可能性なんて万に1つもないだろうが、もしかしたらヒルダは数カ所の骨折で生き残れるかもしれなかった。

 神の(つるぎ)失い命はすでに失っていた。

 ならこの小さな身体を少しでも役立ててくれとアイリ・ライハラは唇を引き結んだ。


 衝撃の寸前に思い浮かべたのは泣き崩れるイルミ・ランタサルの哀れな姿。



 恐ろしく激しい衝撃に痛いという感覚が追いつかなかった。





 気がついたら魔との契約が(からだ)潰れあらぬ方へ折れ曲がった手足を再生してゆく。

 まさか(とど)めの極限魔法をアイリ・ライハラへ打ち込む寸前に落石に巻き込まれるなどミルヤミ・キルシは思いもしなかった。

 谷底に巨岩の下になり落ちた瞬間に即死したはずだった。

 だがこっちへおいでと言いながら煉獄(れんごく)に迎えないのは人の世に残し供物(くもつ)を差し出し続ける宿命を解かないサタン側近の蝿の王ベルゼビュートの本心だとミルヤミ・キルシは思った。

 永遠の若さと引き換えに蝿の王へ親を売り渡した時から数世紀の付き合いだった。

 しかしこの再生の不快感と耐え難い苦痛はなんとかならぬのかとミルヤミ・キルシは思いながら巨岩に(つぶ)され複雑に折れ押しつぶした皮袋ほどになった両足が先に繋がり肉が膨れ戻った。

 折れている首が最後に嫌な音を放ち繋がると肩に手を当て()みながら首を回し魔女キルシは瓦礫(がれき)の上に座り込んだ。

 半眼で朧気(おぼろげ)に思い出しキルシは歯ぎしりした。

「くそうアイリ・ライハラめ──あの落石もあ奴の手下によるもののせいだ」

 (つぶや)くと余計に腹立たしくなってきた。

 山道から谷底に落ちてどれほどの時間がたったのかとミルヤミ・キルシは星明かりに居座る山肌のシルエットを見上げていていきなり近くで何か落ちてきた音が聞こえ飛び上がるほど驚いた。

 落石の残りにしては妙に柔らかい音だった。

 まだ落石が続くのかと息を殺しているとうめき声が(かす)かに聞こえた。

 魔女キルシは(つぶや)くように炎の魔法を詠唱(えいしょう)すると右手のひらの上に(うり)ほどの炎が生まれ揺れ動く(ほの)かな橙色(だいだいいろ)の光を周囲へ放った。


 瓦礫(がれき)の上に革の(よろい)を身につけた大柄な女がうつ伏せに倒れており(うめ)きながら(わず)かに身動きしていた。


 アイリ・ライハラの手下剣士の1人だとキルシはすぐに気づいた。半月刀(シャムシール)を構え向かってきた奴だ。

 こいつも山道から落ちてきたのか!? だがあの高さから落ちてよく生きているとキルシは驚いた。

 もっと驚いたことに足が3本あり腕が4本あった。

 そんな馬鹿なとキルシは炎を地面に下ろし恐るおそるその(うめ)く大柄な剣士に近づき両足を(わき)につかみ上げ力込め引きずった。

 振り向きその下から出てきたものを見て黒い(まなこ)を丸くした。

 大きすぎる暗い色合いのチェインメイルを着た黒髪の少女がうつ伏せになってピクリとも動かなかった。

 見覚えがあった。


 山道に落とした火焔爆撃や落雷の明かりに見えたアイリ・ライハラだった。


 落ちてきた理由はわからぬが、息の根が止まっていた。

 魔女キルシは目にするものが信じられずに(そば)に近寄ると頭を踏みつけ(かかと)に力込めてみた。

 だがまったく動きもせずにされるがままの状態にミルヤミ・キルシは唇を(ゆが)めた。

 本当にあの小生意気な少女が死んでしまったのかと魔女はさらに踏みつける(かかと)にぐいぐいと力込めた。


 (うめ)くどころかピクリともしない。


 その背に乗り上がり魔女は派手に跳び上がり、数回少女を踏みしだいた。






 完全に死んでいると大きく跳び上がった刹那(せつな)、裏の魔女ミルヤミ・キルシはいきなり図太い落雷に打たれ叫び声を上げ派手に弾き飛ばされた。






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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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