第2話 迷信

文字数 1,886文字

 いきなり黒い鳥が野っ原から飛び上がりそれを眼にして何かの前兆かと左右を見回した。

 だが何もない。

 (まばた)いた拍子に睫毛(まつげ)が一本抜け瞳に張りつき悪魔が近くにいると取り()かれたようにぱちつかせる。

 だ──が、何もいるわけがない。

 眼を(ぬぐ)おうと(くら)の左右に下げた荷物提げに手を伸ばしタオルを(まさぐ)ると袋から手鏡が落ち石に当たり割れ、痙攣(けいれん)のように跳び上がり落馬しかかる。

 それでも────何かあるわけないだろう。

 じたばたと(くら)にしがみついたら塩袋が落ちて中身をぶちまけた。



「ヘッレヴィ! お前俺を(のろ)い殺すつもりかぁ!?」



 たまらず振り向いたアイリ・ライハラは女異端審問司祭を怒鳴りつけた。

 眼を点にしてヘッレヴィ・キュトラが(おのれ)を指さし小首(かし)げた。

 プンスカと肩怒らせ顔を前に振り戻したら、馬一頭身のすぐ前方に人が見えて少女は顔を引き()らせ手綱(たづな)を引いた。

「あぶねぇ! 押し(つぶ)すとこだぞ!」

 暴れる馬の(たてがみ)越しに見え隠れする呆然と立ち尽くすのが女の子だと身長と黒い長髪からアイリは思った。粗末なフードを深めに(かぶり)その女の子が口元の前で手指を震わしていた。

 その指先を見た寸秒、アイリ・ライハラは眼をひんむいた。



 黒い爪だぁ!



「アイリ、その子は身形(みなり)から野をさ迷っている宿なしではないのか?」

 ヘッレヴィに言われ少女は(かぶり)振った。

 物乞いなんかじゃねぇ! ヘッレヴィ! お前よりによってこんな奴を呼び寄せたのかぁ!?

 フードの陰から見える細い(あご)の線が間違いなくあの魔女だとアイリは馬を下げようとするが、手綱(たづな)操りわき腹を(かかと)で蹴ってもいうこと聞かない。馬が本能から怯えあがっていた。


 いや、まてよ。あいつは死んだはずだ。黒い爪した奴が(みな)あのアーウェルサ・パイトニサム──()の魔女のキルシだとは限らない。よく見ないと指先が泥で汚れているだけかもしれない。

 アイリは(くら)から下りると手のひらを広げ顔を隠す女の子をよく見ようと近づいた。

 驚いているのか、怯えているのか、フード下の双眼が丸く見開かれている。

 少女はこいつ演技で驚いているんじゃないのかといきなり女の子の右手首をつかんだ。


「ひぃいいいいいいい、たちゅけてぇ、たちゅけてぇ」


 見えた顔は何かの獣に噛まれたのか、それとも病でなくしたのか鼻梁(びりょう)から上がなく髑髏(どくろ)のように正面に穴が2つ開いている。

 えっ!? どうなってんだ?

 アイリがつかんだ腕を振り解こうともせずに女の子は地面に座り込み(うつむ)いて泣き始めた。

 ヘッレヴィが馬を下りてタオルを手に歩いてくると女の子の(かたわ)らに(ひざ)を折り顔を(ぬぐ)ってあげた。

「泣くのはおよし。怖くないからね。アイリ、この子やっぱり宿なしですよ。もう何(つき)も湯浴みしてません」

 そういやぁ匂いがきついとアイリ今更(いまさら)に気づいた。

 女異端審問司祭が女の子の破れ穴だらけのフードを下ろすと黒い絡まった長髪が露わになった。だがアイリは女の子の頭に巻いた薄布に眼がとらわれた。

 フードの下になんでこいつ頭を覆ってるんだ!?

「アイリ、この子をこんな広野に1人おいてゆけません。よくて盗賊に見つかり奴隷として売られるか、悪くすると獣か魔物に食われてしまいます」

 いいや、こいつもう食われかかったのかもしれねぇと思いながらアイリはヘッレヴィに聞きにくそうに(たず)ねた。

「どうすんだよ。連れてゆくのかぁ?」

「仕方ないですよ。これも(えん)。しばらく面倒みましょう」

 女の子は2人の会話の成り行きを不安そうな面もちで見つめていた。

「あ────わかったよ。連れてくよ」

 そう言ってアイリは女の子を立たせ名を聞いた。

「お前、名前は?」

 だがその子は無言で(かぶり)振った。

「名無しかよ。仕方ねぇな。じゃあイルミにしよう」

 アイリが名を言うと女の子が名を繰り返して小首を傾げた。

「イルミ?」

「そうだ。お前はイルミだぁ」

 そう告げた直後ヘッレヴィが咳払いしアイリの耳元に顔を寄せ(ささや)いた。

王妃(おうひ)様の名をつけるのですか!?」

「ああ、いいじゃん。今頃くしゃみして喜んでるぞ」

 そう言ってアイリは女の子の両脇に手を差し入れ、(くら)の前に乗せた。思いのほか大人しいので魔女キルシとは他人の空似かとアイリは思い始め(あぶみ)に足かけ(くら)に跳び乗った。

 並び座ったアイリは女の子が呟いているのに気づいて耳を近づけた。



「────おのれ、イルミ・ランタサル(ゆる)すべからず──闇より()でて闇より暗き漆黒の我が英霊の混淆(こんこう)を願う。覚醒のとき来たれり────」



 こいつやっぱりアーウェルサ・パイトニサム・キルシだぁあああっ!



「止めろぉイルミ! イルミに呪いをかけるなぁ!」

 焦ったアイリ・ライハラは女の子の両肩をつかみ激しく揺さぶった。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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