第17話 愛の鞭(むち)
文字数 1,440文字
デアチの元老院長サロモン・ラリ・サルコマーを斬り倒す。
デアチ国王を打倒し王制を転覆させる。
そんな事────。
イルミ・ランタサルは荷馬車の操馬台で鼻歌を唄いながら、ウチルイの騎士が向かって来たときのアイリ・ライハラの立ち振る舞いを思いだしていた。
数百の騎士が同時に剣を構え立ち上がるごとく、命じずとも腰を上げ長剣を引き抜くアイリ・ライハラ。
台を蹴り、馬の尻を背を頭を駆け敵する兵に勇猛果敢に飛び込む私の戦士。
この様な剣士を生まれてこの方、眼にした事はなかった。
あの城下街の裏道で裏切った騎士どもとの間に進み出て、盾と、剣となる後ろ姿を見たときから、そなたが私を虜にした。
この自分の歩幅でしか歩まぬ娘は、私の心の騎士となる命運。
近衛兵を蹴散らし向かってくる頑強なる魔物に立ち向かう後ろ姿で、私に中指を立ててみせる娘がこの世を探して他にどこにいようぞ。
剣を振り回し駆け回るその残像はまるで暗雲に輝く雷光のごとく、手にしたこれまでの金銀財宝をただの屑に変えてしまった。
伸ばしつかもうとする度に指からすり抜けてゆくアイリ・ライハラを諦めきらず腕を伸ばし続けていた。
この蒼い宝石を我が髪飾りにしたい。
胸をかきむしらんばかりに叫び続けているのに、お前は振り向こうとしない。
それでいて垣間見せる僅かな横目で微笑んで口にする言葉。
わたしの後ろにいろイルミ。
この私の世の中すべての不安をテンペストの様に爆轟で蹴散らす少女よ。
そなたを手にするために我は悪魔に誓った。
国や民、王位や財宝──それらすべてを失う事になろうともお前が最後にそばにいてくれるなら、私は微笑みをなくさない。
デアチの元老院長サロモン・ラリ・サルコマーを斬り倒す。
デアチ国王を打倒し王制を転覆させる。
そんな事────────どうだっていい。
私が欲しいのは横に座る宝石の様な髪色をしたアイリ・ライハラの命の契り。
この少女と出逢ってからは、気が狂わんばかりの日々を過ごしている。
アイリ・ライハラに盟約を結ばせるために、血のカーペットが必要なら何人殺させても用意する。
この娘を命果てるまで縛りつけておけるなら大陸一忌み嫌われる魔女にでもなろうぞ。
鷲鼻に疣は嫌だけども。
縛りつけて無理やり言わせる誓いではまったく意味がない。
この我が身の命を賭して、アイリ・ライハラが思い詰め口にする契約こそ至高の珠玉。
王家など、国民などどうでもよいくらいに私は少女を愛してしまった。
お前が我に契るならすべてを捧げようと、愛情を込め振るう先鞭を少女は躱さずに受けてくれる。
ぱし、と乾いた音が跳ねた直後、彼女が浴びせる罵声すら心地よい。
「いてぇ! なにしやがる、このどあほう!」
その逃げ浮かした可愛いお尻にもう一発お見舞いした。
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