第8話 スカーフ
文字数 2,538文字
「ぷはっ」
アイリは思わず吹き出してしまった。
この執事どこか変だと思いきや、アマゾネス1だと言い切った。
自分を婆やというからどうやら本当に女なんだろうけれど、メイド長でなく何で執事をやってるんだ!?
でも目つきに完全に対戦する気構えが溢れている。
イラ・ヤルヴァと模造刀でなく本物の短剣と剣で斬り合っていたからそこそこ自信あるんだろうけれど────いや、イラと対等に立ち回っていたから動きは良いのかもしれない。
アイリは少しだけユリウスという執事に興味が湧いた。
「いいよ。相手してあげる。少しハードに動かないと眼が冴えて仕方なかったんだ」
それを聞いてイラが少女に短剣を渡そうとブレードを摘まんで差し出した。
「御師匠、どうぞこれを」
アイリは頭振り短剣を断った。
「イラに教えていたぐらいの人だ。真剣に相手をするよ」
そう言いアイリは服のポケットから薄手のスカーフを1枚取りだした。それを両手でつまみ左右に広げる。青色の様々な花が描かれている綺麗なものだった。
「そのスカーフをどうなさるおつもりですかな? まさか私めの剣のお相手をスカーフで?」
ユリウスが眼を細めじっと見つめる。品定めというより警戒心が覗いていた。
少女はそのスカーフを軽く振り回し巻きつけ細い筒状にして空を叩いた。
ビシッと鋭い音が響く。
「真剣に相手すると言ったでしょ」
アイリ・ライハラはスカーフを握った手を腰の後ろに回し執事から見えなくして左手を前に出し脚を開き腰を落とした。
その構えを見てユリウスは微笑んだ。
「これはこれは──私めも真剣にならないと大怪我をしそうですね」
2人を見ているイラ・ヤルヴァはどうして御師匠のスカーフで大怪我をするのだと驚いた。そうして館にいる間は幼少の頃から剣術を教えてきてくれた腕の立つユリウスが本気で気迫を出しているのを数年ぶりに眼にした。
女執事はそう少女に告げ片手首の動きだけで剣の刃口を踊らせ始め、アイリの利き腕とは逆の方へ回り込み脚を繰り出し始めた。
「スリー・ステップ」
アイリ・ライハラがそう呟いた直後、ユリウスの左手側へ残像を大きく引き伸ばした。瞬間、執事は大きく右に踏み出し身体を捻り剣を左へ打ちだした。
ズパンと轟音が広がった。
ユリウスの斜めに振り回した剣が腕ごと大きく右へ弾き上げられ、彼女は両の脚を交差させステップを巧みに踏み換え素早く身体を右に回しその勢いで剣をアイリの残像の伸びた方へ振り切った。当たれば大怪我をする勢いの刃口が銀色の帯を引き伸ばす。
刃が空を斬り甲高い音が広がった。
その剣が半周しきった瞬間、またもズパンと轟音が響き、執事の剣筋が真逆に跳ね戻された。ユリウスは眉間に皺を寄せ口を引き結びその剣を上げ斬り返し少女の残像に振り下ろす。
揺れ煌めく群青の残像から声が聞こえた。
「フォウ・ステップ」
青く流れる少女の髪の残像を両断し手応えもなく女執事は素早く振り下ろした刃口を群青の残像の方へ横向に流し送り追いかけさせた。
その横流しの刃が残像に追いつき追い越そうとした瞬間、いきなり執事ユリウスは繰り出していた脚を滑らせ動きを止めてしまった。
刃口の正面にアイリ・ライハラが足を開き立ち止まっており、両手を上下に伸ばし止めていた。その両の手に握るスカーフがユリウスの剣に1巻きし止められている。
「私めの勝ちですなアイリ・ライハラ殿」
そう言ってユリウスは刃でスカーフを断ち切ろうと大きく捻った。それが微動だにせず老齢のアマゾネスは顔を強ばらせた。
「凄いものを見せてあげる」
少女がそうユリウスに告げ怪しく微笑んだ。須臾、アイリ・ライハラが上下の腕を一気に回転させ身体を捻った。
執事ユリウスの手からもぎ取られた剣がスカーフに振り回され少女を飛び越え後ろの床に甲高い音を響かせ突き立った。
アイリ・ライハラが片足でドンと床を叩いたその一閃、床に刺さっている剣がバラバラに砕け散った。
「わたしの勝ちねアマゾネスさん」
そう告げスカーフを右手で垂らしたアイリ・ライハラの声に勝ち誇ったものはなく、執事ユリウスは姿勢を正すと深々と少女に頭を下げた。
「お許し下さい。貴女様を愚弄した失礼を──」
いきなりアイリは笑いだした。
「何とも思ってないよ。だってわたし本当にただの小娘だもん」
「そんな事ありません!」
イラ・ヤルヴァが大声で否定した。そうして手にする短剣を一振り執事ユリウスへ投げ渡した。
「ユリウス、御師匠の本当の凄さを見て下さい。今度は2人がかりです!」
だがユリウスは苦笑いを浮かべ刃をつまみ握り手をイラへ差し向け告げた。
「イラお嬢様、おわかりになりませぬか」
女暗殺者が拍子抜けした顔で執事を見つめた。
「なっ、何がです!?」
「アイリ殿へ触れるどころか手にされるスカーフを斬れぬと。アイリ殿は2度もあの柔らかな布で振り下ろされる鋼を弾き返したのです。速さ違いだけのものではありませぬ」
短剣を投げ返されその刃を指2本で挟み受けたイラ・ヤルヴァは2振りの短剣を鞘におさめた。
いきなりどたっとアイリが倒れ、イラが走り寄ると少女は寝息を立てていた。
「あぁ、御師匠、マナ切れです」
イラ・ヤルヴァが抱き起こす少女を見つめ執事ユリウスはある事に気づいた。
アイリ・ライハラにはとんでもない弱点がある。
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