第8話 ハエレティクス
文字数 1,907文字
5人や10人の兵なんてどってことない。
丘を駆け下る15足らずの騎兵に怖れおののいたりしない。
イラ・ヤルヴァと若手騎士クスター・マケラ、ヨーナス・オヤラを置き去りにしてアイリ・ライハラは真っ正面からデアチ国兵士に立ち向かった。
一瞬にして先駆けの4兵を斬り落とし主なき馬の腹を蹴り飛び上がり鞍を踏みつけて後続の5兵の頭上から襲いかかる。並みいる兜を殴りつける様に連打して昏倒させた。
地面に飛び下り背後になった残り5騎の兵を倒そうと振り向きかけ最後に丘を駆け下る紫紺の甲冑に身を包んだ騎士が見え少女は顔を振り戻した。
金色の髪を靡かせ、らしくない顔立ちの整った女騎士が馬の首に隠れ覗き込むように睨みつけながら迫る。
その姿にたじろいだりしたのではない────そう──アイリ・ライハラは感じたものがダンジョン二百階層に迫る場所に巣くった魔物と同じだと思った。
少女は駆けだそうとした一閃、その紫紺の甲冑の騎士が紫の唇を大きく開き叫聲を上げるものと思った。
反射の様に正面に身構えた少女の長剣に何かが激突し耳の中で数千の鐘塔が一斉に鳴り響き背後に爆音が走り抜けアイリが半身振り返るとヨーナスが操馬台にいた荷馬車が左右に割れ倒れた。
なっ!? 何だぁ今の!?
アイリ・ライハラは己が使う超絶斬撃の様な技を敵騎士が剣も抜かずに放った事に度肝を抜かれた。
僅かに間をおいて横を凄まじい勢いで駆け抜けるその女騎士が馬上から睨み下ろす魔物の様に真っ赤な目が品定めしたのだと少女は感じた。
「イラや騎士らの手に余る──」
呟きながら振り向きアイリが見た靡くマントに大鎌を振り下ろす頭巾を被った骸骨が踊っていた。
「上等じゃん。その鎌で苅ってみせろよ! ナイン・ステップ!」
手首を切り返し少女が左右に振り回し始めた長剣の刃口から空気中の水が凝縮し刃先に食らいつく白蛇の様なヴェイパーが踊り、離れゆく女騎士の背へ向け振り切った須臾、地面が2つに裂けた。
死を齎し叫ぶもの。
異端者の烙印を背負った邪道の剣と姉共々怖れられながら蔑まされてきた。
おまえらの技は剣技ではない。
ふん! そんな事はどうでもいい。
最後に立つものが正道。
どうしてこの様な事が出来るのか。子どもの頃から親でさえ我ら姉妹に怖れ距離をおいた。
黒の騎士が腰に下げる魔石の剣でさえ破壊してみせる。
久しく揺るがぬその気骨が、十数年ぶりに曇った。
何だあの青髪の小娘!?
湾曲した見慣れぬ長剣1つで我齎す絶対死を切り裂いた。
テレーゼ・マカイは睨みつけながら少女の横を駆け抜け、見つめ返すその青髪の小娘の瞳までもが海原よりも蒼い輝きを放っていたのをどう解釈したらと困惑した。
手綱の左を引き向きを変える戦馬の左へ躰を落としながら肩越しにその青髪の小娘を睨み続けた。
小娘の振り回す長剣の刃口がまるで空気を切り裂く様に舞い踊る細長い霧を引き摺る異様な様。
あれは人智の及ぶ剣技ではない!
魔剣士だと!? あんな小娘が!?
太刀筋が迫るのを感じた寸秒、真横へ顔を向けたテレーゼ・マカイはめったに使わぬほど唇を大きく開き叫んだ。
巨人の剣が激突したとマカイのシーデは瞳を丸く見開いた。
青髪の小娘の姿が歪み、矢よりも速く地面が裂け迫ると戦馬の鞍から後ろが斬れ飛んだ。
草叢に転げ落ち黄金髪を振り乱し素早く起き上がったテレーゼは長剣を引き抜いた。
青髪の小娘がさらに剣を振り回すのを見つめながらテレーゼ・マカイは紫の唇を歪め苦笑いを一瞬浮かべ呟いた。
「我を本気にさせた事を後悔するがよい────」
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