第16話 格上

文字数 1,635文字

「イモルキに侵攻しないなら見逃してやる」

 とてつもなく強そうな魔物に言いきって時間稼ぎにもならない虚仮威(こけおど)しでどうするんだとアイリは困惑した。

「主権の侵害だと言っただろう。攻める必要があればノーブルだろうとイモルキだろうとイズイ大陸のどこへでも攻め入る」

 座った眼で(にら)み据えアイリ・ライハラは狼族(ライカン)に脅し続けた。

「やっぱりお前はここで倒しておかなければならない」

「ああ、そうかい。1人乗り込んでくるだけのことはあるんだろうけれど貴様の命はここで(つい)えるんだよ」

 そこまで脅しておいてまだ本性をあらわさない統括官(とうかつかん)の底力を推し量りかねて群青の少女は攻め手を決めかねた。

 今まで大は赤竜から狡猾(こうかつ)なサタンや(はえ)の王ベルゼビュートさえ倒してきたことを意識にのぼらせ勇気を奮い起こさせる。


 こいつは1匹の魔物に過ぎないんだ。


 正面から争いたがる────。

 ノッチがある日ぼそりと告げた言葉が意識にあった。

 力過信し挑むものの行く末は力に(くず)されると。

 卑怯(ひきょう)になれ。


 その言葉の意味を今、考えた。


 出し抜いても最後に立つものが勝者だというのか。

 ノッチはこうも告げた。



 もう、姑息(こそく)を身につけてもいいんじゃないか────。



 上段に構え上げた長剣(ロングソード)を机邪魔する下段袈裟構えにアイリは下ろした。

 その刹那(せつな)狼族(ライカン)(おさ)を名乗る強者が見下した表情を浮かべた。

 その顔が無能呼ばわりしている。障害物の陰に得物(えもの)構えるのは愚かものだと言い切っている。

 そうだライカンは()ると決めたら牙や爪を出し惜しみしない。秘書は統括官(とうかつかん)の殺気に隠していた本性を露わにした。

「イモルキやノーブルに攻め入らないで──ください」

 その下での願いと切っ先(ポイント)を下ろした行為が服従とみなしたのか、統括官(とうかつかん)の殺気が揺らぎ感じ取れないほどに成りをひそめた。

「それは(われ)の主権を踏みにじる発言だと言っている。攻め入るも(とど)まるも(われ)の意識次第だぞ青髪」

 アイリは(ブレード)(スキャバード)に刺し戻し告げた。

「お願いします」


「断る────小娘。貴様の命にこの牙を食い込ませてよければ考えんでもないが、な」


 言い切り統括官(とうかつかん)は唇の間から二本の犬歯を指よりも長く(あご)先へ伸ばした。

 アイリは差しだすように首筋をさらした。

 メリラハティ統括官(とうかつかん)両袖(そで)机に片(ひざ)をかけ身を乗りだした。その姿勢になり骨が折れるような(いびつ)な音を発し狼族(ライカン)の表情が(くず)れ始め鼻筋が伸び上下に並んだ唾液ひく鋭い牙を開き真っ赤に血走った目を大きくさせ少女に迫った。



 無表情で獣の女王を見つめるその群青の瞳に怯えの影を見つけたエイラ・メリラハティは机から飛び下り蛮勇の少女をかみ殺そうとして気づいた。



 乗せられた!?

 こいつの眼には(はかりごと)が潜んでいる!?

 統括官(とうかつかん)は自分のおかれた状況に今、初めて気づいた。

 不安定な机に身を乗り出し小娘に襲いかかるのに一テンポ遅れると気づいた。

 (ソード)を仕舞っている青髪が踏みだして(ブレード)引き抜くのが上回り速いとはそれでも受け入れられないエイラ・メリラハティは少しでも早く机を乗り越えようとして思いの外、不安定なことに気づいた。



統括官(とうかつかん)────わたしの速さを低く見限ったな。リミット・レス!」



 そう言い捨てた青髪が目の前で低く身構えた一閃(いっせん)、その身体がぶれ動いたところまでしか見えないことに狼族(ライカン)の王女は顔を引き()らせ机を乗り越え小娘に飛びかかろうとして駆け上ってくる光りが(ブレード)だと爪で弾き()らそうと腕を振った弧をかいくぐり急激に光りが(あご)元に伸び上がるのを(かわ)すも防ぐも八方塞がりの状況に反射的に身を反らそうとした。

 一瞬よりも早い寸秒で(あご)の下に衝撃を受け視界が赤一色に染まりエイラ・メリラハティは全身の感覚がなくなった事実にこれが命の終わりなのだと最後に意識しそれが()き消えた。

 振り上げたアイリ・ライハラの(ブレード)の下に頭部を前後に()り離された大型の狼族(ライカン)が机から落ちうつ伏せに(くず)れ折れていた。

 ドアが開くと女騎士が(のぞ)き込んでアイリは告げた。


「終わったよ」


 ヘルカ・ホスティラが倒れた2体の魔物に眼を丸くして(あご)を落とした。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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