第6話 一目惚れ

文字数 1,850文字

 叫聲(おらびごえ)で味方を打ち倒す奇っ怪な剣士を取り囲み押さえようと蛮族らが統率とれた機動をしていた。

 捕虜を囲んでいた騎兵の数が減り間合いが広がり(ひざまず)くノーブルとデアチ国の兵士らが見えた。

 その中でも少し大柄で目立つものを眼にしてアイリ・ライハラは顔を強ばらせた。


 女騎士ヘルカ・ホスティラも他の捕虜同様に肌着姿で(ひざまず)(こうべ)を垂れている。


 その屈辱の(さま)にアイリ・ライハラは顳顬(こめかみ)に青筋を浮かべ唇を(ゆが)めた。

 敵騎馬隊の向こうで死の叫び声を浴びせるテレーゼ・マカイがそう()たないのはわかりきっていた。

 あいつの姉のように拡散攻撃できる特殊技ではない。

 あのマカイの片割れは一極集中の(スピア)(ごと)き破壊力が持ち味でそれは諸刃(もろは)(つるぎ)だった。

 取り囲まれるとテレーゼは手が打てなくなる。



 だがイルブイの蛮族らはマカイの女騎士へ(みな)集中している!



 アイリ・ライハラは両手握る細身の長剣(ロングソード)を手首と腕の動きでフルにぶん回した。

 旋回する二条の刃口(ポイント)が加速しいきなり水蒸気の帯を()いて派手に振り回し甲高い号音が広がった。

 その音に捕虜を見張る兵士らが振り向いた刹那(せつな)、その立っているイルブイの兵らの甲冑(アーマー)の左右の肩を繋ぐように線が走った。

 直後アイリ・ライハラに近い蛮族らの両腕が地にぼとりと落ち肩から上が後ろに倒れ追いかけるように地面に転がると次々に(ひざ)をついて倒れ込んだ。

 その余波は捕虜を取り囲んだ先でテレーゼ・マカイに襲いかかっている騎馬にも現れた。

 馬ごと両の脚を落とされ次々に倒れてゆく。

 倒されなかったものも、アイリ・ライハラの(ソード)の甲高い号音に馬が驚き暴れ出し操れなくなった。

 そのチャンスをテレーゼ・マカイが見逃すわけがない。

 残った騎馬兵を片っ端に甲冑(アーマー)ごと裂いて倒してゆく。

 極めて短時間に50騎の蛮族を倒しアイリ・ライハラは(ソード)(スキャバード)に戻しながらヘルカ・ホスティラへと駆け寄った。

「ヘルカ! ヘルカ・ホスティラ!」

 名を呼ばれ顔を上げ胡乱(うろん)な眼差しを向けた女騎士の表情を見てアイリは戸惑った。

 ヘルカは恍惚とした面もちでいた。

 イルブイの兵らを倒しても魅了魔法(チャーム)が消えてないことにアイリは困惑した。

 ヘルカの肩を揺すって正気を取り戻させようとしているところへテレーゼ・マカイが敵兵の遺体を避けながら歩いて来ると半死の兵が双子の片割れに呪いを告げた。

「き、貴様ら、これしき──で、終わったと────思うな──我ら戻らなく──とも、数十万の────ぐはぁ!」

 最後まで聞かずしてテレーゼ・マカイは(ソード)でその生き残りの兵を刺し殺した。

 アイリ・ライハラがヘルカ・ホスティラの(ほお)を数回平手打ちするとやっと女騎士の瞳に光が戻った。


(われ)は────わからん──敵に遭遇した一閃(いっせん)いきなり幸せになって──」


「しっかりしろヘルカ! それは幸せなんかじゃない! 呪詛魔法(じゅそまほう)だぞ!」

 女騎士の眼を覗き込んでいたアイリは手を放し、(そば)の他の騎士へ身を移し顔を平手打ちして正気にさせると次々に同じ事を始めた。

 10人もそれをやるとさすがに手が痛くなり、テレーゼ・マカイにも頼もうとhアイリが顔を向けるとテレーゼはじっと国境(くにざかい)を見つめていた。



「アイリ────急ごう。凄まじい数の気配がする」



 女剣士の(つぶや)きにアイリは焦った。

 さっきテレーゼが殺したイルブイ兵が死に際に数十万のどうのこうのと言っていたのが気がかりだった。

 アイリはふと転がった蛮族の兵士の生首を見つめてしまった。その(スカル)の面が跳ね上がった苦痛に歪んだ表情を眼にした瞬間────ヘロヘロになってしまい、その様に気づいたヘルカ・ホスティラは舌打ちし言い捨てた。

「何やってるんだ馬鹿! 警告しただろ、見るなと!」

 肌着姿をさらしていたものが近くに山積みになった甲冑(アーマー)から自分のものを探している(そば)でアイリは地面に座り込み(ほう)けた表情で転がった蛮族の生首を見つめ続けていると女騎士ヘルカ・ホスティラが戻ってきてアイリの肩をつかみ激しく揺さぶった。

「しっかりしろ! そいつはお前の許婚(いいなずけ)でも恋人でもないぞ!」

 それでもアイリがヘラヘラしているのでヘルカは大将の(ほお)を思いっきりひっぱたいた。

 凄まじい勢いで地面に突っ込んだアイリは砂を吐きながら上半身を起こしヘルカ・ホスティラに(から)んだ。

「なにしやがる! (ほお)が千切れたと思ったぞ!」



「それどころじゃない!」



 ヘルカ・ホスティラに言われアイリは彼女が顔を向ける国境(くにざかい)へと向けると地平に砂埃(すなぼこり)が派手に舞い上がっていた。その数城はある横幅にアイリ・ライハラは怒鳴った。



得物(えもの)を取れ! 大群が来るぞ!!」



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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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