第6話 不毛

文字数 1,838文字


「ふぇぇぇくしょん! ずるずるずるずる」

 元異端審問官ヘッレヴィ・キュトラは顔をしかめ抗議した。

「アイリ・ライハラ、貴君、汚い食べ方だな。まるで鼻水を(すす)ってるみたいだぞ」

 シチューを頬張(ほおば)りながら少女が口答えした。

「誰のせいでこうなったと思ってるんだよ?」



(われ)のせいだ」



 両手にパン持った女が胸張って答えた。

「いてっ! こらアイリ、スプーンをなぜ投げる!?」

 超、むかつくんだけど、この役人落ち。とアイリは別なスプーンに手を伸ばしシチューをまた頬張(ほおば)りだした。

「まあ、ヤドヨ教区に入ってしまったものは仕方ない。晩御飯も頂けてるし後は宿に戻ってゆっ────いたぁ! アイリ・ライハラ、貴君、(われ)(うら)みでもあるのか? スプーンを投げるな!」

 くそう、スプーンじゃ虫がおさまらねぇ。とアイリは(いら)つきシチュー(なべ)柄杓(カソット)(お玉)をつかんでガチャガチャと深皿から汁物を(すく)い始めた。

幌馬車(ほろばしゃ)ぁ選んだのお前──じゃん」

 指摘して少女が柄杓(カソット)を振り上げた。とっさに元異端審問官は鍋蓋(なべぶた)振り上げ身を(かば)おうとした。

「ばぁ、馬鹿者ぉ。たまたまいた荷馬車を選んだだけだ」

 それが間違いだと言ってんじゃん! 馬車を目にしたとたんに『あれは東のヴィツキンへ行く行商だ。あれに乗っていこう』って御者(ぎょしゃ)に聞きもせずに言いだしたんでよくわかるなぁと感心したのが間違いだったとアイリは眉根を寄せ後悔した。

「あんた、お上りさんじゃん」

 少女がぼそりと告げるとヘッレヴィはまくし立てるように弁解し始めた。

「し、失敬なぁ。何度もヴィツキンへは行ったことがある。いつも向こうから迎えのものが来るぐらいだったんだぞ」

 それってヘッレヴィが(ひと)りで行ったことがなかったってことじゃんと少女は引いてしまった。どうやらとんでもない奴と旅に出てしまったんじゃないかと薄々気づきだした。

「まぁ、ヤドヨ教地区なら暗殺者(アサシン)も来ないだろうとの熟慮(じゅくりょ)した選択だ」

 熟慮(じゅくりょ)! 言うにこと(およ)んで熟慮(じゅくりょ)柄杓(カソット)を口に(くわ)え、じ────っと元異端審問官を(にら)む少女はぶつぶつと文句を並べ始めた。

「とって付けたように理由並べやがって──間違えたなら間違えたと素直に謝ればいいものを────」

 パンを引き千切り役人落ちが楯突(たてつ)いた。

「き、聞こえたぞアイリ! だいたい貴君は細かいことにこだわり過ぎるんだ。もっと不動心を磨くべきだ」

 アイリ・ライハラは聞き流し、パンには目もくれず冷えた身体を少しでも温めようとシチューをかけ込むけれど(たる)()まっていた雨水に()れそぼったプールポワン(中世の下着)は冷たく肌に張りつき、汁物を食べてる喉や胃は少しは温かいけれど足元から震えが這い上がってきて鼻がむずむずした。

「ふぇぇぇいくしょん! ずるずるずるずる」

「ほは、ふごふご、ふがふごふごふご。ふごふがふごふご」
(:こら、アイリ、貴君そういう食べ方をするなと言っただろう。食欲が失せてしまう)

 何を言ってるかわからん! この役人落ちめ。文句言いながらせっせと千切ったパンをシチューにつけて頬張ってんじゃん。彼女を(さげす)んだ眼で見ながら、アイリは皿にシチューを継ぎ足し食べ続けた。

 まだ寒いけれどお腹くちてくると落ち着き先行きに不安がなくなり刺々しい感覚がなくなってきた。

「なぁ、ヘッレヴィ。どうしてここの連中、よってたかって入信者にしようと血眼(ちまなこ)になるんだ? どんな宗教でも神さま信じてたらそれでいいじゃん」

「人は力も命も有限だろう。無限なる力、永久(とわ)の存在に無意識から依存する。だが歩み寄りは忠実なる生き方から儀式や制度を求め、他のものまで律しようとする。異端を認めず、入信してないものは悪だと見做(みな)す。よく言えば救いの道に導こうとしてる────人は迷える羊なんだよ」

 そんな風に思ったこともなかった。

 教会に行って、祈りを捧げ、神父様の話しに耳傾け、告解(こっかい)すると日々の罪の気持ちが軽くなるように思う。

 それが他人を束縛し断罪する考えにどうして(つな)がるのかとアイリは不思議な気がした。少女が柄杓(カソット)を止めているといきなり玄関戸ががたがたと音を立て2人は振り向いた。


「おかしいな。(かんぬき)がかかってるぞ」

「あなた、開かないの? 誰かいるのかしら?」


 扉越しに声が聞こえ少女と元異端審問官は腰を上げ顔を見合わせ目配せした。

『家人が帰ってきた! どうしよう!?』

『やべぇ、逃げないと』



 アイリ・ライハラは暖炉の前に干している自分の服を引ったくるようにつかみ、おろおろするヘッレヴィ・キュトラの手を握ると2階への階段を駆け上った。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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