第3話 退屈しのぎ

文字数 1,591文字

 引き抜いた長剣(ロングソード)をアイリ・ライハラが振りかぶると尻餅をついたアフレッド・ホンラッドは上擦った声を上げ壁まで一気に後退(あとず)さった。

「や、止めろ──剣をむ、向けられる、い、いわれは──」

「あら、先ほどまで愛を語っていたその口で命乞いかしら?」

 イルミ・ランタサルに言われ公爵家第一子息は苦笑いを浮かべた顔を振り向けたが視線は騎士団長振り上げた長剣(ロングソード)から放せずにいた。

所詮(しょせん)はたぶらかしの甘言。心にもないことをべらべらと」

「イルミ、こいつ()っていいかぁ?」

「ちょ、ちょっと待ちなさい」

 もう少し楽しもうと思った王妃(おうひ)はなんてせっかちなのと焦った。

「アフレッド・ホンラッド、口先で女のたぶらかして回るのを止めるなら()り捨てるのを考えなくともないわよ」

 公爵家第一子息が(かぶり)振った。



()ってお仕舞い」



「口説くのが生きがいの生き様の何がいかんと言うのだ──ひぃいい」

 アイリがぶんと振り下ろした長剣(ロングソード)刃口(きっさき)が壁に食い込んで(やいば)が公爵家第一子息の頭寸前で止まった。

「近すぎた」

 照れ笑いするアイリ・ライハラがまさか本気で()りかかるとは思わなかったイルミ・ランタサルは苦笑いを浮かべた。だが騎士団長が一歩後退(あとず)さったのを見て止めに入った。

「アフレッド・ホンラッド、その生き様、女の敵。変えなければ騎士団長は本気で振り下ろすわよ」

「わかった! わかったから止めさせろ! うわぁ!」

 イルミ・ランタサルが止めさせようと口を開いた寸秒、アイリ・ライハラは長剣(ロングソード)を振り下ろした。

 さくっと頭頂で止めた(やいば)の下から鮮血がぴゅうと吹き出した。

「ひえぇぇぇ! 殺される!」

 頭を押さえて出入り口へ逃げだした公爵家第一子息は廊下で足を滑らせて転ぶとドタバタと駆けだして逃げ切った。

「アイリ、なんで本気で()るんですか。カーペットをご覧なさい。血だらけだから」

「いっぺんあいつの頭に打ち込みたかったんだよ。あぁすっきり」

「脅すだけだったんですよ。素手の相手を()るなんて騎士道に反するでしょう」

()ってお仕舞いって言ったじゃん。騎士道は頭に言われた事を守るもんなんだよぅ」

「少しは真意をくみなさい。真意を」

 そう告げてああ言えば、こう言うとイルミは唇をへの字に曲げた。

 アイリは足元の小箱に気づき拾い上げて蓋を開き眼を丸くした。

「ダイヤじゃん。めっけ」

「よこしなさい。あのボンボンに突き返すから」

「拾ったもん勝ち」

「それを手にするということはあの公爵家第一子息のもとへ嫁ぐという事ですよ」

 アイリ・ライハラは蓋を閉じてポイッと王妃(おうひ)の方へ小箱を放り出し長剣(ロングソード)(やいば)をカーテンで(ぬぐ)って(さや)に戻した。

「どこで拭いてるんですか! どこで!」

 イルミ・ランタサルに指摘されアイリはでへへへへと照れ笑いを浮かべた。

「なぁイルミ。何かイベントないの? 退屈で死にそうだよ。王家転覆を図る家臣(かしん)討伐(とうばつ)とかぁ」

「ありません! (わたくし)王妃(おうひ)の座についてから散々粛正(しゅくせい)したじゃないの」

「この国を(ねら)うどこぞの国とか」

「デアチ国とイルブイ国を属国としてから南イルベ連合も東のイモルキも越境しなくなったでしょう」

「なあなぁ、攻めようとしてる魔王とかは?」

「あなたがサタンを捕まえてから、どの魔族も大人しくなったでしょうが」

「そうだわ、アイリ。あなたをダンジョンに──」

 アイリ・ライハラは手のひらをぴらぴらと振って拒んだ。

「ダンジョンには行かない。でっかい蜘蛛(くも)がいるもん」

 ああそうだった。この()にも苦手があったのだとイルミは思いだした。

 サタンを倒し、赤竜(せきりゅう)を一撃で仕留めるアイリ・ライハラが蜘蛛(くも)が嫌いだとは情けない。

「そうだわ。暗殺者(アサシン)討伐(とうばつ)があります」

「なになに!? 暗殺者(アサシン)団!? なんて名の暗殺者(アサシン)団!?」


 食いつくかとイルミ・ランタサルは(あき)れた。

「タランチュラ団」


 アイリ・ライハラは顔をしかめ指摘した。

「それって蜘蛛(くも)使う毒殺団でしょう」


「よくわかったじゃない」



「やだ。やだよ!」





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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