第18話 眉に唾(つば)こすりつけて

文字数 1,787文字


 こ、こ、殺される!

 ヘッレヴィ・キュトラと首を()り落とされる。

 女の命を1度ならず2度までもバッサリといったのだ。

 冥府から連れ帰ったマカイの片割れがぶち切れるのは眼に見えていた。

 何とかしないと肥溜(こえだ)め落ちだ! 焦ったアイリ・ライハラは盗賊のボスを取り囲んで護る男らを無視して振り向いたままテレーゼ・マカイへ微笑んで尋ねた。

「なぁあんた──小顔で可愛いからショートヘアにしないか?」

 とんでもないことを言われマカイのシーデの片割れは顔を歪めた。

「あぁ!? 盗賊の首領を前に何を血迷ったのだぁ!?」

 押しが足りない! 少女は焦った勢いで適当なことを並べ立てた。

「いやぁ──絶対似合うってぇ。男が次々に言い寄ってくるぞ。放っておかないって」

 テレーゼはふと思った。姉共々(ともども)子供の時から周囲に不気味がられ男が言い寄るどころか目も合わせたがらない。告白など絵空事のように男どもが口にするは陰口ばかり。

 よその同じ歳頃の伯爵家の娘が男に(ささや)かれ顔を赤らめていたのを思い出した。



 男が次々に言い寄ってくる────とはどういう気分なのだ!?



「い、いやぁ、短い髪だと言い寄ってくるのか?」

 テレーゼは両手の(ソード)を下ろし刃口(きっさき)を地面に刺しハンドルにもたれて少女に尋ねた。

 食いついたぁ! アイリは(ソード)先を地面に押しつけ身を乗り出し眼を輝かせ熱弁を振るった。

「そうだよ! イケてる女は短い髪にするほどモテるって知ってるんだぁ! だけど短くするのは皆にモテたいとバレバレだから伸ばした髪をあれやこれや飾るんだよ」

 そ、そうなのか!? テレーゼ・マカイは目を寄せて驚いた。今の今まで女は着飾って男を誘惑するものだと勘違いしてたようだ。あれは露骨に短髪になって男漁(おとこあさ)りを出来ない裏返しなのか!

 し、しかしこのノーブル国の小娘は、ずっと歳下なのになぜそんなことに詳しいのだ!? もしかしてこいつはその道のベテラン────伝道者なのか!? ノーブル国に帰れば男どもから放ってくれない扱いをされてるとか。

「ショートヘアも嫌いでは──ないぞ」

 アイリ・ライハラはあと一押しで有耶無耶(うやむや)にできるとばかりに説明した。

「なぁ、あんた──冒険してみないか? 女の未踏の地。美男子ハーレムに興味ないわけねぇだろう? ウハウハの楽園だぞ」



 美男子ハーレム! ウハウハの楽園!!!



「そそ、そこのところをち、ちょっとばかし──く、詳しく聞こうじゃ──ないか」

 興味が高ぶったが、それをさらすには羞恥心(しゅうちしん)が邪魔をしテレーゼはどもりながら少女に尋ねた。



「頭を剃り上げると猫に木天蓼(またたび)、男に媚薬! トドの睾丸並の効き目!」

 こ、睾丸! 男のあれか! テレーゼはトドの睾丸がどんなものか知らなかったが、聞き伝えによると北の海のカバよりも大きな獣らしい。たしかそれは雌のハーレムを構えると旅人から以前に聞いた覚えが────。

 荒事ばかりの青春で女が頭を剃り上げるとそんな効き目があったとは知らなかった!

「そ、剃ってみたいと思ったことも────あるにはある。ほ、ほんとに、そんなに、強烈────なのか?」



「うん、もちろんだよ。好き勝手し放題の酒池肉林」

 アイリ・ライハラは意味もわからず父親が酒を飲んで口にする戯言(たわごと)を並べ立てた。

 それを聞いてテレーゼ・マカイが(ほお)を染め(うつむ)き気味になると唇を尖らせて小声で少女に告げた。



「いやぁ、冒険かぁ。冒険。いい響きだよ────な」



 コイツは落とせるとばかりにアイリ・ライハラは盗賊らを忘れ熱く語った。

「やってみるかぁ!? 試してみるかぁ!? それじゃあ、いってみようかぁ!」

 そう言い切って少女は(ソード)を振り上げた。

「まっ! 待ってぇ! そ、(ソード)で剃るのかぁ!? 剃刀(かみそり)じゃなくて!? 危なすぎないか!?」



「大丈夫! 大陸中の美容師より上手だから!」

 アイリ・ライハラはマカイのシーデに告げ(ソード)を握る右腕の袖を(めく)り上げた。





 手下らを斬り倒して乗り込んできた紫の甲冑(アーマー)の女騎士と小娘が向かい合い楽しげに話しているのが丸聞こえだった。

 ハーレムだぁ!? トドの睾丸だぁ!? 酒池肉林だぁぁぁ!?

 こいつら山賊の要塞に()り込んできながら何の話をしてるのだ!?

 円陣の手下らに護られる自称山賊王ヤンネ・ヴェンバリは女騎士────たぶん女騎士なのだろう──が異様な髪型をしているのはモヒカンと同じで威嚇(いかく)なのだと強ばらせた顔で見つめていた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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