第15話 親指
文字数 1,889文字
岩室の奥に立ち上がったその魔物の大きさに気圧された。
大きい! 上背のある女騎士ヘルカ・ホスティラや女暗殺者イラ・ヤルヴァが年端のいかぬ幼子に見えるほど身長差があった。
そしてその咆哮────引き抜いた剣がビリビリと震え頭がくらくらしてしまう。
4人の中でサイクロプスとなど戦ったものはいなかった。
「広がれ! 集まると一撃で終わりだ!」
アイリ・ライハラに言われ4人の男女は岩室内壁に沿って散らばった。
「こいつはトロいと聞いてる! 斬る事よりも躱す事に専念しないと、掠っただけで身動きができなくなるぞ! あっ! 止めろ!!」
少女が父から仕込まれた知識を他のものへ授けている矢先に、無視するように女騎士ヘルカが剣を振りかぶりサイクロプスへ駆け出した。
ヘルカの渾身の一撃が赤水晶の輝きを受け深紅の帯となりサイクロプスの振り出した左腕に伸びた。
刃が魔物の腕の肉にぶつかった瞬間、剣どうしがぶつかり合った様な甲高い音と火花を放ち、直後弾き返された剣に引っ張られ女騎士は後退さりした。
その頭部をめがけサイクロプスが踏み込んで横殴りに左腕を振り出した。
まるで投石機から飛んでくる岩石の様に急激に速さを増しヘルカの腰回りほども太さのある腕が迫り、女騎士は後退さる余裕もつかめず身を伏せ金髪の後ろ髪が跳ねた。
その髪を掠り腕が通り過ぎた瞬間、ヘルカは転がる様に後方へ逃げた。それを追いかけサイクロプスが進み出てきた。
いきなり耳障りな音が響いた。
地面をガリガリと引っ掻くその音に魔物は体勢を崩した女騎士へ向かう足を止め振り向くとその先に長剣の切っ先を地面に引き摺りながら、女騎士とは逆の方へ横に回り歩くアイリ・ライハラがいた。
サイクロプスは向きを変え少女へ足を繰り出し始めた。
「ヘルカ! 体勢を立て直せ! 私がコイツの気を引くから、背後からコイツの心臓を狙い刺せ!」
言いながら少女は片腕で握る長剣を振り壁の水晶にぶつけ派手な音を立て、サイクロプスの気を引き続けた。
「わかった! 逃げきろアイリ!」
ヘルカが返事をした刹那、迫ってきた魔物が少女へ向け右腕を振り回した。
アイリはサイクロプスの1つ目を睨みつけたまま群青の髪を振り上げ姿勢を下げた。瞬間、サイクロプスは振り回す腕を下げ狙った。魔物の平手がぶつかる刹那跳び上がったアイリは自分の腰よりも太いサイクロプスの手首を蹴り、振り回される逆へと跳び下りながら手の甲を斬りつけた。
またしても甲高い音と火花が広がり、怪物は振り抜いた腕を逆へと大振りし少女はその手の甲を跳び上がり振り上げた顔で見つめながら空中を後転し乗り越えた。
着地した寸秒、アイリ・ライハラは舌を突き出し怪物をさらに煽った。
「へん! くそやろう! 触ることもできねぇだろう!」
見おろすサイクロプスの1つ目が怒りの赤黒い色合いに染まると少女をつかもうと両手を振り上げ迫った。アイリは逃げ道を塞がれ苦笑いを浮かべ、それでもどこかに隙がないかと眼を游がせた。
その刹那、大きな魔物は唸り動きを止めてしまった。
その胸の中心から剣の切っ先が突き出ていた。
動きを止め息すらしないサイクロプスの背後から大声が聞こえた。
「アイリ! こいつ死なない────消えないぞ!」
「まだマナの中枢を壊していない!」
アイリが大声で応じた瞬間、怪物の左右からイラ・ヤルヴァともう1人の若い騎士が怪物の胴体を剣で貫いた。
直後、大人の倍近い背丈の魔物は叫び声を響かせると一瞬で赤い霧に変わり、4人の前に親指の中ほどの朱石が落っこち乾いた音を放った。
アイリと女暗殺者、若い男の騎士は破顔して喜びの表情になったが、女騎士ヘルカ・ホスティラが転がった親指半分ほどの赤い石を見つめとんでもない事を呟き水をさした。
「あのギルドの受付嬢は赤ん坊の頭ほどの朱石を持っていた────いったいどんな魔物を倒したというんだ」
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