第20話 盟約

文字数 1,936文字

 狂戦士(ガウレム)の脚を谷底へ押し出しながら、女剣士ウルスラことテレーゼ・マカイとイルブイの総女大将ヒルダ・ヌルメラは山道片側の斜面を駆け上るアイリ・ライハラを眼にして(あご)を落とした。

 アイリは斜面をよじ登ってはいない。

 加速しながら恐ろしい速さで駆けていた。

 しかも壁に近い急角度の面を脚だけで駆け上る!

 騎士団長の動きの速さを知っていた2人だったが、アイリの今、見せる速さは別格だと狂戦士(ガウレム)の左右の脚に組み付くテレーゼとヒルダは眼を見張った。

 テレーゼはともすれば眼で追い続けられなくなりそうな速さのアイリの次の動きを見切った。(がけ)を蹴って赤竜に斬り込むつもりだ。

 だが岩肌から空に羽ばたく赤竜まで(パレス)4棟分は優にあり、絶対に届かず谷底へあいつは落ちてしまうと気づいた。

「アイリ、止めろ! 距離が離れすぎてる! 谷に落ちるぞ!!」

 テレーゼはかなりの高さまで駆け上がってゆくアイリの背へ向けて怒鳴った。だが狂戦士(ガウレム)の脚に取り付いて石人を谷へ落とそうと力を振り絞る騎士らの(わめ)き声に重なり警告が届かないのかアイリ・ライハラはどんどんと高みに遠ざかりつつあった。

 狂戦士(ガウレム)が右足の半分を山道から乗り出しいきなりガクンと片方の肩を下げた。

「気をつけろ! 右足から離れないと引き()られて谷に落ちるぞ!」

 テレーゼ・マカイは右足に組み付いたヒルダら騎士達へ怒鳴った。その寸秒、片足の支えを失い急激に傾く魔神の先にテレーゼ・マカイは信じられない光景を眼にした。



 ()れた赤竜の長い首が波打ちながら狂戦士(ガウレム)よりも先に谷へと落ちていった。



 その直後落ち掛かった石巨人に首を無くした大きな竜の胴体がぶつかり魔物2体が絡まり落ちる寸前、テレーゼは赤竜の片羽根につかまるアイリ・ライハラを眼にとめ青ざめた。

 赤竜を倒したものの山道に戻れず落ちてゆく怪物の羽根につかまっているのだ!

 考える余裕もなかった。

 山道を横切り走りだしたテレーゼ・マカイはそのまま赤竜の羽根へと山道を飛びだした。手を伸ばし飛び込んでくるテレーゼに気づきアイリは一瞬驚いた表情になり両手を目一杯伸ばした。

 その手をテレーゼ・マカイがつかんだ一閃(いっせん)、マカイのシーデは(くう)でアイリ・ライハラを目一杯振り回し軽い騎士団長を山道の方へと投げ上げた。

 驚き顔で背中から投げ上げられたアイリ・ライハラは赤竜の(むくろ)狂戦士(ガウレム)と共に落ちてゆくテレーゼの声を耳にした。



「必ず魔女に勝て──アイリ・ライハラ!」



 崖っぷちでヒルダ・ヌルメラに腕をつかまれた騎士団長は悲痛な面もちで叫び急激に遠ざかる友の紫紺の胸当(ブレスト・プレート)が光り消えてゆくのを眼で追い続けた。

「テレーゼ!!!」

 山道へ引き上げたうろたえきったアイリへ女大将ヒルダが声をかけた。

「アイリ! しっかりしなさい! 急いで魔女を倒せば、苦悩の河(アケローン)を渡り黄泉へと入る前のウルスラ・ヴァルティアをあなたなら連れ戻せる!」

 谷から顔を振り向けたアイリ・ライハラは下唇を噛んで(うなづ)いた。

 残った騎士29騎、ヒルダ・ヌルメラを入れてアイリ・ライハラはふたたび馬の鞍にまたがると曲がりくねった山道を急いだ。

 アイリ・ライハラは馬の手綱(たづな)(たた)かせ、馬の腹を鉄靴(サバトン)(かかと)で蹴り込んだ。

 死んだものを連れ帰れる余裕がどれほどかわからなかった。

 1日か、半日か────もしかしたら数時(すうとき)かもしれない。

 ()の魔女のキルシを倒すのに手間取れば、苦悩の河(アケローン)を前にするテレーゼ・マカイを見つける余裕もなくなる。

 馬の(たてがみ)が触れるほど前屈みになり討伐(とうばつ)を急ぐアイリ・ライハラの横へ純白のドレープを(なび)かせ白銀の翼で羽ばたきイラ・ヤルヴァが追いついてきた。

「アイリ、気をつけなさい。キルシはあなたを加護する力を引き()がす手段を見つけだして待ち構えています」

 そんなことにかまっちゃいられないとばかりにアイリは馬の腹へまた(かかと)蹴りを入れ急かした。

「アイリ、あなたは友のためとなると見境がなさすぎです」

「うるせぇイラ! とやかく言うならお前を天空から連れ戻すぞ!」

 アイリは顔も向けずに天使となっている盟友に怒鳴った。

「望むところです。(わたくし)はあなたのお(そば)にいるときが至高でしたもの」

 それを聞いてアイリはふと疑問に思った。

「天上はそんなにつまらないのか?」

 問いにイラ・ヤルヴァは一声軽く笑った。

「そう言えばアイリ、あなたはさらに速さに磨きをかけたのですね」

「訓練はしてねぇ。使ってなかった力を解放しただけだぁ」

 いきなり真顔になったイラ・ヤルヴァは友の耳元に唇を近づけ(ささや)いた。



「あなたがその力を解き放つほどに────あなたの(からだ)は血の盟約により天空の眷属(けんぞく)ノッチス・ルッチス・ベネトスのものとなるんですよ」



 そんなことは初耳だとばかりにアイリ・ライハラは強張った顔を横にいる友に振り向けた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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