第22話 座興

文字数 1,970文字

 吹き抜ける風に身震いする。

 急遽(きゅうきょ)、城塞都市を(つらぬ)いて城壁から闘技場(アリーナ)まで高い塀で囲われた通路が造られた。

 まあそれを5日で仕上げる底力があるのは遊んでいる兵が多いことの裏返しだと女騎士ヘルカ・ホスティラは思った。

 だがいくら魔王サタンを餌に釣ったところで魔物がそう大挙して押し寄せるはずもない。

 闘技場(アリーナ)中央に幾重にも(くさり)を掛けられた鉄籠(てつかご)に入れられた黒い蛇と都市外に繋がる石壁の通路を隔てるように設けられた小さなテントに陣取って2昼夜目。

 サタンを倒したアイリ・ライハラや、サタンの元に勇者を(みつ)いでいた第6騎士のエステル・ナルヒならまだわかるが、何ゆえに(われ)を命じるのかと王妃(おうひ)イルミ・ランタサルにヘルカが詰め寄ると、大柄な貴女(あなた)が絵になるというどうしょうもない理由だった。

「退屈どすぇ────」

 ソファ持ち込み横になるエステルがこぼし欠伸(あくび)するとヘルカはイラッとした。

 だいたい(われ)が木組みの安っぽい椅子なのに、この娼婦の(ごと)き女が豪華なソファに寝そべっているのだ!? とヘルカ・ホスティラは鉄靴(サバトン)の爪先を神経質にカチャカチャ言わせた。

鉄靴(サバトン)が──うるさい」

 隣に同じ安っぽい椅子に座り地面に突いた(ソード)のハンドル端に両手被せその上に(あご)乗せているアイリ・ライハラが文句を言うとヘルカ・ホスティラはまたイラッときた。

「アイリ────貴公がサタンなど持ち帰ると言いだしたからこうなったのを理解してるのか?」

「持って帰ったの、ただのヘビだしぃ」

 アイリが口を(とが)らせて言い返しヘルカはまたイラッとした。

「どこがただの蛇なんどす。邪悪どすえ」

 お前が指摘するかと、ソファの娼館(ぬし)をヘルカは横目で睨みつけた。

「しかし、ここに入れた観客どうすん──だぁ? 何にも起きなかったらイルミ、ぼったくりだと石投げられるじゃん」

 それは困ると女騎士ヘルカ・ホスティラは顔をしかめた。

 魔物が押し寄せるとそれは困るが、何も来なかったらもっと困る。

 闘技場(アリーナ)客席にはイルミの宣伝に乗せられて方々の国から押しかけた万を越す観客が固唾(かたず)を呑んでいた。ヘルカ・ホスティラは見回し、客の間をこの時とばかりに食べ物やグッズを(さば)くデアチ国の(たみ)の売り子らが走り回っているのを情けなく思った。

 そ、それに、闘技場(アリーナ)内壁に提げられた段幕の文言は何だぁ!?

『最強の十字軍武将』──武将が最強なら兵はいらん!

『魔物倒しの名人』────だぁ!? こんなうだつの上がらない騎士団長(きしだんつおう)が名人であるわけがない!


 それにあの『頑張れ雷精の(つるぎ)』とは何だぁ!?


 アイリ・ライハラが稲妻に見える奇っ怪な剣術を使えるのは百歩譲って認めても、こやつが雷精などとは千歩譲っても認めん。

 イラついた女騎士は隣で(ソード)のポメルに(あご)乗せてぼ────とする騎士団長(きしだんつおう)(ソード)(スキャバード)を蹴り飛ばし支え失い前のめりに倒れかかったアイリが片足踏み出し()えると振り向いて怒鳴った。

「なにすんだよぅ、でく(・・)!」

 ヘルカ・ホスティラは両腕振り上げ顔を引き()らせた。

 (われ)うつけもの(・・・・・)扱いするかぁ!? 並み居る強者の男らを打ち負かしノーブル国第3騎士にまで上り詰めたこの(われ)を!


「何しょうもないことで揉めてるんどすかぁ? お客はんどすぇ」


「お客さん────!?」


 アイリとヘルカは思わずハモって第6騎士へ顔を振り向けるとエステル・ナルヒがひょいと煙管(きせる)を2人の方へ振り向けた。

 背後からの荒い鼻息に2人の髪が流され2人がぎこちなく振り向いた先でちょっとした(やかた)ほどもある怪物が大きな口を開き()えた。


「ど、ドラゴン────!!!」


 翼竜が、それも赤い種の1番獰猛な奴が来るなんて聞いてないぞと女騎士ヘルカ・ホスティラは顔を引き()らせ横にいるアイリ・ライハラの両肩をがしとつかみ前へ押し出した。

 その騎士団長(きしだんつおう)後退(あとず)さりしてヘルカはその背中に両手を当てて押しとどめ怒鳴った。

「なんで貴公は後退(あとず)さりするんだぁ!? 雷精の剣だろうがぁ!」

 アイリ・ライハラの背が小刻みに震えていることにヘルカは気づいた。

「む、むり、むりだぁ! あいつは苦手なんだぁ」


 さすがに赤竜は無理なのかと女騎士ヘルカ・ホスティラは思ったが逃げるに逃げられない状況に気づいた。

 多くの(たみ)の目前でサタンを奪われる失態を(さら)せば騎士団の信用は失墜する。それだけではない。この闘技場(アリーナ)にいる万の観客はドラゴンに逃げ惑い(ほのお)蹂躙(じゅうりん)されるだろう。

「くそう──やるしか────!?」



 ヘルカが決意しかかった矢先、ドラゴンの左右に馬車(キャリッジ)ほどの胴をもつ毒々しい黄色と黒の縞模様の大蜘蛛(おおぐも)が数匹出てきた。

「アイリ、蜘蛛(くも)(われ)とエステルで(つぶ)す。お前1人であれを倒せるか?」



「レッド・ドラゴンなら────任せとけ」



 騎士団長(きしだんつおう)がそう告げ長剣(ロングソード)を引き抜き進み出ると、割れんばかりの歓声の中で女騎士ヘルカ・ホスティラとエステル・ナルヒも(ソード)引き抜きテントから踏みだした。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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