第5話 覚悟
文字数 1,781文字
鐙を腹に叩きつけ愛馬を急かせた。
ヘルカのことだから逆に心配が高じた。
あいつ変な時に騎士道にこだわって窮地になるから。だけど剣振り回すと恐ろしく強ええ女騎士だ。肩に剣刺さったまま意気揚々とヴェルネリ・トゥオメラ・ヴィルタネン3世の首持って闘技場に戻って来るぐらい。
丘陵を駆け上り国境が見える直前にテレーゼ・マカイがアイリ・ライハラを引き止めた。
「待て! アイリ!! 様子がおかしい!!!」
手綱引いて馬の顔と同時にアイリもウルスラ・ヴァルティアを名乗る女剣士へ振り向いた。
「!?」
2人は頂の手前で馬をなだめ地面に下り顔を寄せた。
「刃ぶつけ合う音が聞こえない。変だ。侵入者と一戦交えているはずなのに」
テレーゼに言われアイリは踵返し姿勢を下げ坂を小走りに駆け上って顔をそっと覗かせた。
丘下った開けた場所に見慣れぬ派手な甲冑姿をした騎兵の一群が何かを取り囲んでいる。
その動く馬の間から地面に跪いて頭垂れるものらが一瞬見えた。
アイリ・ライハラは青ざめた。
跪いているものらが肌着姿で無抵抗でいる光景になぜ降伏したのだとアイリは驚いた。
「くそう────」
腰を上げかかったアイリの腕をテレーゼ・マカイがつかみ引き下ろした。
「止めろアイリ。うかつに攻めてみろ。人質になってるものらは剣どころか甲冑も身に着けていないのだ。一斉に首を落とされるぞ」
テレーゼに警告されアイリは動揺した。どんなに上手く立ち回ってもテレーゼと2人で50人の蛮族を相手に隙なく立ち回る自信がなかった。数人かもっと多くを犠牲者にしてしまう不安が膨れ上がった。
「ヘルカ達、魅了魔法にやられたのか?」
アイリに問われテレーゼ・マカイが唸った。その不明瞭な答えにアイリは怒りが膨れ上がった。
自分なら連中が詠唱する前に倒せるとアイリは自分に言い聞かせようとした。寸秒、自分の腕をつかむ手をテレーゼ・マカイが放してないことに気づいた。
その視線にテレーゼも気づきアイリに囁いた。
「お前がノーブル国から来てる兵を気遣うように私も同朋を心配してる。やるのなら覚悟が必要だ。あの女騎士を失う覚悟はあるか?」
そ、そんなことを冷静に言うなとアイリは顔を強ばらせた。
「あ、あいつ、ヘルカを、地面に首まで埋めてやるんだ!」
それを耳にしてテレーゼ・マカイはニヤついて応じた。
「よし! 覚悟は理解した。左右から挟撃する。いいか連中の顔を見るな。僅かでも見たら戦意を失うぞ。いいな。眼を合わせるな」
一方的に言われふとアイリは気がついてしまった。
テレーゼ・マカイはどうやってイルブイの蛮族を凌いだんだ!?
「回り込め!」
そう告げテレーゼ・マカイは中腰で丘陵の斜面を横へ駆け出し、我に返ったアイリは踵返し斜面の反対側へ頭を下げ走り始めた。
ふと走っている後ろから誰かが追いかけてくる音が聞こえアイリは振り向いてぎょっとなった。自分の愛馬とテレーゼの馬が襲歩でついてきていた。丘陵の頂きから馬の首から上がまる見えだと焦ってアイリは手を払って追い返そうと声をかけた。
「し、しっ、戻れよ──戻れ」
だが馬達は去るどころか寄ってきてアイリの払ってる手の匂いを嗅ごうと鼻を寄せてきた。その顔を押しのけ尻を押して坂の下へ隠そうと躍起になり始めると背後からも馬の鼻息が聞こえアイリは眼を丸めゆっくりと振り向いた。
頂きにイルブイの蛮族兵2騎がおり騎乗の兵2名がアイリを見下ろしていた。
あ、見ちゃいけない!
そう思った瞬間アイリは自分の愛馬の尻尾をつかんで引っ張ってしまった。
蹴り上げられた後脚の蹄鉄を喰らってアイリ・ライハラは蛮族兵の間を飛び越え坂を転がり落ちた。その騒ぎに捉えられた先遣隊を取り囲んでいた騎兵48騎の兵が一斉に振り向いた。
その間隙を突いてテレーゼ・マカイが反対側から坂を駆け下り破壊を齎すバンシーの叫び声を浴びせた。
一気に6人のイルブイ兵が血飛沫を曳きながら鞍から落ちると次々に剣を引き抜いた蛮族の兵士らは最も危険度の高い敵が兜の顔面に布を下げ隠した暗殺者の如きその兵だとばかりに半数以上が馬を駆け出させた。
蛮族らの注意がそがれた後方でアイリ・ライハラが立ち上がり腰の左右に下げた2口の長剣を引き抜き駆けだしたのをヘルカ・ホスティラらを取り囲んで捕虜とする20名の蛮族らはまだ気づいていなかった。
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