第2話 騎士道精神
文字数 1,987文字
大穴の縁に息を切らして騎士らが這 い上がった寸秒、背後の深い底から空中へと大きな火柱が爆音と地鳴りを伴い吹き上がった。
「はあはあ、アイリ殿──あれでは魔女も邪悪な己 の技に呑み込まれたでしょう────はあはあ」
アイリ・ライハラの横で女大将ヒルダが両膝 に手をついて荒い息でそう告げた。
いくらお気楽のアイリでもそれはないだろうと思った。ミルヤミ・キルシはこれまで諸国の魔女狩りにも捕まらず暴挙を繰り返していると聞く。
たかだか討伐隊 に囲まれたぐらいで自暴自棄に走りはしないだろう。
アイリは振り向くと魔女が爆裂魔法で抉 った地面の大穴をそっと覗 き込んだ。
屋敷数軒が入りそうなすり鉢の穴底に人の姿があった。ミルヤミ・キルシは両腕を上に伸ばし躰 を横に曲げ準備運動中だった。
「見ろ! ピンピンしてんじゃん!」
アイリは女大将ヒルダを手招きし小声で言いながら顎 を振って見るようにジェスチャーした。
「あぁ────────あれは他人の空似でござるよ」
横目でちら見したヒルダがボソボソと説明した。
アイリはヒルダの首に腕を回し締め上げ言い聞かせた。
「お前の眼は節穴かぁ! よく見てみろ! 頭の包帯の下から黒髪が腰まであるし、頭の上に伸ばしている両手の爪が真っ黒だろうがぁ」
「あぁ────────黒髪で黒爪の小娘などイルブイにはゴロゴロいるでござるよ」
なにがござるだぁ! アイリは眼が点になった。こいつ裏の魔女と一戦交えるのがおっかなくて惚 けていやがると思った。
「そこまで惚 けるならお前ぇ行って確かめてこい!」
そう言い捨てるなりアイリは女大将を穴の縁から蹴り落とした。
「あぁ! 何をするでござるかぁ、アイリ殿──おおおおぉぉぉ────!」
喚 きながらヒルダは急な斜面を土煙上げ派手に滑り落ちミルヤミ・キルシの目の前で滑り止まった。
おもむろに女大将ヒルダは立ち上がりミルヤミ・キルシに向かって半月刀 を引き抜いた。
「────」
ヒルダが魔女に向かって何か言ってるが遠くて聞こえない。
「!────!!!」
ミルヤミ・キルシが何か言い返したがそれも聞こえない。だが拳 握りしめ両腕振り上げているのでヒルダが言ったことに腹を立ててるらしい。
いきなり裏の魔女の足下に四重の青い魔法陣 が広がり、女大将ヒルダが踵 返しキルシに背を向けアイリが覗 き込む斜面を血相変えてだだ走りし登り始めた。
寸秒、女大将を追いかけて乱立する氷柱が見る間に押し寄せた。
「おおおおぅ!」
アイリは感心する声を上げ登ってきたヒルダの手をつかみ引き上げた。
「お前ぇ、あいつになに言ったんだぁ?」
「ぜぇぜぇ、いやぁ、お前は能なし魔女のミルヤミ・キルシか、と────ぜぇぜぇ────すごい剣幕で怒らなくとも──あいつやはり裏の魔女です──ぜぇぜぇ」
咳払いが聞こえアイリとヒルダが顔を向けると歳嵩 の騎士オイヴァ・ティッカネンが腕組みして穴の縁に腹ばいになっている2人を見下ろしていた。
「騎士団長殿! お戯 れもいい加減になさって、あの魔女の首を取りに行きましょうぞ!」
首を刎 ねるなんて、とアイリは唇をすぼめた。いくら悪辣 な魔女でも、楽に死なせるとか恩情 かけてやってもいいじゃんとアイリは思った。
その矢先にヒルダがとんでもないことを言い始めた。
「アイリ殿ぉ! ここは地の利。皆 で一斉にあの魔女へ岩を投げることにしましょうぞ」
お、お前はどうしてそうフラッグを立てることばかり口にするんだとアイリは眉根をしかめた。
「それはよろしゅうございますヒルダ殿! あんな魔女の首を刎 ねれば刃 が汚れるというもの」
歳嵩 の騎士オイヴァが巻いた鼻髭 を揺らし賛同した。
お前が首取ると言い出したんだろうが、フラッグ立てやがってとアイリは老齢の騎士を見つめ顎 を落とした。
この大穴がここにあるのも、元はといえば、ヒルダが石を背を向けた魔女に投げたのが発端だった。
きっと上手くいかずに酷いめにあうぞとアイリが下唇を突き出すとやり取りを聞いていたほとんどの騎士が大小の岩を両腕に抱えてアイリに迫り声をそろえた。
「やりましょう騎士団長!」
1人、腹の出た騎士マティアス・サンカラだけが地面にあぐらかいて皆 に言い切った。
「お前ら馬鹿かぁ? 10や20投げても躱 されるだろうがぁ。大穴の縁を崩してあれを生き埋めにすりゃすむだろうがぁ」
お前もフラッグ立てるかとアイリは眼が点になった。きっと自分らも押し流されて酷いめに合うぞとアイリは口にしそうになった。それにどうやって穴の縁を崩 すんだ!?
「爆薬がござりまする!」
得意げに歳嵩 の騎士オイヴァ・ティッカネンが唯一1頭残った馬の鞍 に結わえた大きな革袋へ腕を振って指さし騎士らが喜びの声を上げた。
ああぁ、終わったなこいつらとアイリ・ライハラは唇をへの字に曲げた。
連れて来た連中に騎士なんて1人もいやしねぇじゃん!
「はあはあ、アイリ殿──あれでは魔女も邪悪な
アイリ・ライハラの横で女大将ヒルダが
いくらお気楽のアイリでもそれはないだろうと思った。ミルヤミ・キルシはこれまで諸国の魔女狩りにも捕まらず暴挙を繰り返していると聞く。
たかだか
アイリは振り向くと魔女が爆裂魔法で
屋敷数軒が入りそうなすり鉢の穴底に人の姿があった。ミルヤミ・キルシは両腕を上に伸ばし
「見ろ! ピンピンしてんじゃん!」
アイリは女大将ヒルダを手招きし小声で言いながら
「あぁ────────あれは他人の空似でござるよ」
横目でちら見したヒルダがボソボソと説明した。
アイリはヒルダの首に腕を回し締め上げ言い聞かせた。
「お前の眼は節穴かぁ! よく見てみろ! 頭の包帯の下から黒髪が腰まであるし、頭の上に伸ばしている両手の爪が真っ黒だろうがぁ」
「あぁ────────黒髪で黒爪の小娘などイルブイにはゴロゴロいるでござるよ」
なにがござるだぁ! アイリは眼が点になった。こいつ裏の魔女と一戦交えるのがおっかなくて
「そこまで
そう言い捨てるなりアイリは女大将を穴の縁から蹴り落とした。
「あぁ! 何をするでござるかぁ、アイリ殿──おおおおぉぉぉ────!」
おもむろに女大将ヒルダは立ち上がりミルヤミ・キルシに向かって
「────」
ヒルダが魔女に向かって何か言ってるが遠くて聞こえない。
「!────!!!」
ミルヤミ・キルシが何か言い返したがそれも聞こえない。だが
いきなり裏の魔女の足下に四重の青い
寸秒、女大将を追いかけて乱立する氷柱が見る間に押し寄せた。
「おおおおぅ!」
アイリは感心する声を上げ登ってきたヒルダの手をつかみ引き上げた。
「お前ぇ、あいつになに言ったんだぁ?」
「ぜぇぜぇ、いやぁ、お前は能なし魔女のミルヤミ・キルシか、と────ぜぇぜぇ────すごい剣幕で怒らなくとも──あいつやはり裏の魔女です──ぜぇぜぇ」
咳払いが聞こえアイリとヒルダが顔を向けると
「騎士団長殿! お
首を
その矢先にヒルダがとんでもないことを言い始めた。
「アイリ殿ぉ! ここは地の利。
お、お前はどうしてそうフラッグを立てることばかり口にするんだとアイリは眉根をしかめた。
「それはよろしゅうございますヒルダ殿! あんな魔女の首を
お前が首取ると言い出したんだろうが、フラッグ立てやがってとアイリは老齢の騎士を見つめ
この大穴がここにあるのも、元はといえば、ヒルダが石を背を向けた魔女に投げたのが発端だった。
きっと上手くいかずに酷いめにあうぞとアイリが下唇を突き出すとやり取りを聞いていたほとんどの騎士が大小の岩を両腕に抱えてアイリに迫り声をそろえた。
「やりましょう騎士団長!」
1人、腹の出た騎士マティアス・サンカラだけが地面にあぐらかいて
「お前ら馬鹿かぁ? 10や20投げても
お前もフラッグ立てるかとアイリは眼が点になった。きっと自分らも押し流されて酷いめに合うぞとアイリは口にしそうになった。それにどうやって穴の縁を
「爆薬がござりまする!」
得意げに
ああぁ、終わったなこいつらとアイリ・ライハラは唇をへの字に曲げた。
連れて来た連中に騎士なんて1人もいやしねぇじゃん!