第21話 どうすんだぁ!?
文字数 1,710文字
大変な事だと青ざめるアイリ・ライハラの顔色など背を向けられているので女騎士ヘルカ・ホスティラにわかるわけがなかった。
あ、あんな、小娘が騎士団長だと!?
困惑、怒り、忠誠、諦めがヘルカの意識に駆け巡った。
リ、リクハルド・ラハナトスはどうするのだと女騎士は横振り向くと騎士団長はすがすがしい面持ちで目尻を下げている。
な、なんとも思わないのか!? 第2騎士になるのだぞ! 騎士団長の座を奪われるのだぞ!
それに女騎士はせっかく上り詰めた第3騎士の座が一瞬で格下げになったのも気に食わなかった。
イルミ王女が敵国元老院長へ啖呵切ったゆえ乱闘は必定。混戦に紛れ敵騎士の刃の前にアイリ・ライハラをひっくり返せばすべてが元の鞘に収まる。
い、いや! 駄目だ! ダメだ!
あの小娘が本気で暴れれば万には届かなくとも千の兵はかき乱せる。あれがいなくば、6人の騎士で王女と侍女を祖国に連れ戻せぬ。
これはまるでお、お、男に、求婚されている様ではないか!
ヘルカ・ホスティラが顔を赤らめていると高見座でこの場の敵国1の男が声を荒げ始めた。
「弱国の愚かなる小娘よ! この瞬間貴様の命運は尽きたと覚悟せよ! 我の眼下で首を落とされよ! 騎士団、兵団を呼べ!!」
興奮のあまりに腰を上げた元老院長サロモン・ラリ・サルコマーが片腕を振り上げ唾飛ばし声張り上げた。
その醜老へ事もあろうかイルミ・ランタサルは馬用の鞭をにぎり上げ大振りで打ち据える仕草を数回してみせ片目尻を指で下げた。
振り向いて天界に入り損なっている女暗殺者へ怒鳴っていたアイリ・ライハラは王女のその仕草を眼にして長剣を持った手と中指を突きだした手で頭を抱え王女へ言い放った。
「こぉ、この馬糞がぁ! これ以上挑発してどうするんだぁ! この大闘技場が敵兵で一杯になるぞ!!」
イルミ王女は高座を鞭で指し少女へまた命じた。
「さぁアイリ・ライハラ御行きなさい。そうして愚鈍なものどもを成敗なさい」
少女は簡単そうに倒せと命じる王女を呪った。
あの高座の連中は愚かじゃねぇし! この国の兵は鈍まばかしじゃねぇ! お前もあの双子の女騎士を眼にしたじゃねぇかぁ!!
「アイリ・ライハラ!」
王女の後ろにいる女騎士が片手を向け指を開いた。
なんだぁ! 俺をパーだとおちょくるのか! アイリが眉根寄せ顔を歪めるとヘルカ・ホスティラが荷馬車へ下がり向けていない片手を荷台に突っ込み鞘に収まったままの長剣を握り手を引き抜いた。
「我の剣を返せ! き、騎士団つおう! 貴様の剣はこれだ!」
つおう!? なんで『長』を咬むんだぁ!
アイリが振りかぶり長剣を投げ返すとそれが猛速で迫り青ざめて跳び退いたヘルカの立っていた傍の荷馬車の横板に突き立って激しく揺れた。
「き、貴様ぁ! わっ、我を殺すつもりかぁ!?」
怒鳴りつけ女騎士はアイリの剣を鞘から引き抜き振りかぶり少女へ剣を力任せに投げつけた。
刃眼に止まらぬ高速回転する長剣にアイリは顔を引き攣らせ思わず横に逃げるとそれが遠くの闘技場内壁に突き立って激しく揺れた。
「てめぇ、それが騎士のやることかぁ!」
怒鳴る少女へ女騎士はポイと鞘を投げ渡し言い返した。
「貴公にはそれで十分だろう! き、騎士団つおう!」
飛んできた鞘を片手で受けたアイリ・ライハラは怒るべきか得意気な顔を見せるべきか迷っていると内壁各所にある20以上の落とし鉄格子が上がり騎士や歩兵らがわらわらと駆け込み始めた。
10や100じゃねぇ! 卑怯だぞ爺!
少女は手にする己の長剣の鞘を一瞬見つめ逡巡した。
崖っぷちだぁ。
逃げ道はない。
切り開かないと9人全員が首を落とされる。
どうする? どうすんだぁ!?
イルミ王女や自国の騎士達に背を向け鞘を横へ振り下ろした群青の乙女が声を張り上げた。
「リクハルド・ラハナトス! ヘルカ・ホスティラ! 6人で王の首を取りに行け! イルミ王女とヘリヤは俺が護る!!」
「きぃ、貴様ぁ! また我に華持たすつもりか!?」
粗末な庶民服を片手で破り捨て真っ赤な甲冑姿になった歓喜溢れる女騎士ヘルカ・ホスティラにアイリ・ライハラは片手を肩の上に上げ中指を立てた。
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