第15話 天罰覿面(てんばつてきめん)

文字数 1,971文字


 腹の突き出たおっさんが逃げもせずに口を開いた。

「やあ、来てくれたんだねぇ」

 魔物が人のように口をきいていると身形(みなり)のいいおっさんと絡まるヘッレヴィ・キュトラから顔を振り戻したアイリ・ライハラは今にして思った。

 宿屋の前で声をかけてきたときや、ヘッレヴィに言い寄っていたときはただのド好色なおっさんに化けていた魔物ぐらいに考えた。

「猫を投げつけるなんて姑息(こそく)だねぇ」


 魔物が人のように話すなんて聞いたことがない。


「ボクねぇ────君と遊んであげようと決めたんだぁ」

 話し方すら(いや)らしいと少女は腕が鳥肌立った。

「人の街に潜んで(えさ)(みつ)がせるなんて自分で考えたの?」

 アイリが問うとおっさんが小首(かし)げ応えた。

「そうさぁ。いけないかい? らしくないかい? ボクがぁ君らの言う魔物だからぁ──かい?」

 ますますらしく(・・・)ないと少女は感じた。ゴブリンにも人に言い寄る奴がいたけど、そんな軽いもんじゃない。もしかしたら────。


 周り取り囲む猫らの毛が逆立っている。


 こいつは正真の魔物だわ。魔族の幹部以上の手合いかもしれないとアイリが警戒した寸秒、小太りのおっさんが火蓋(ひぶた)を切った。

「お前を壊れるまで遊んでやるよぉ」

 いきなり空気がブンと(うな)りおっさんが(かす)むと取り囲んでいる猫ら数十匹が周囲へ弾き飛ばされた。



 みなり立派な男を押しのけ()いつくばったまま身を乗りだし少女と怪物の口上を聞いていた元異端審問官ヘッレヴィ・キュトラはアイリ・ライハラがどうして魔物を前にまったく(ひる)まないのかと困惑した。

 剣竜騎士団上位者を斬り捨てる力を持つという矜持(きょうじ)なのか? それとも底知れぬ愚か者なのか?

 いきなり女役人落ちは腰をつかまれ、ギョッとなり振り返ると魔物と謀議(ぼうぎ)していた男が後ろに隠れるようにしがみついていた。

「こ、この女を差し出しますので、お、お助け下さい!」

 ヘッレヴィは悪寒(おかん)を感じて怒鳴りつけた。

「ちょっ、ちょっとあんた! 冗談は顔だけにしなさい!!」

 怒鳴りながら、みなりだけ立派なさもしい男の顔を足蹴(あしげ)にし逃れようとした元異端審問官は耳に生暖かな息を吹きかけられ鳥肌だって前へ視線を向けるとしゃがみこんで(のぞ)き込む小太りのおっさんの顔が眼の前にあり震え上がった。

「あんたもぉ────おもちゃにしてやるからねぇ」

 じょ、冗談じゃない! とばかりに屋根落ちは後ろの町の責任者の胸ぐらをつかみ振り回し魔物との間に突き出し宣言した。


玩具(なぐさみもの)です! お受け取り下さい!」


 一瞬で押し出した男の肩から上が無くなり飛沫(しぶき)を浴びヘッレヴィは青ざめ(あわ)てて後退(あとず)さった。その彼女に小太りのおっさんが進み出て片手を伸ばし開いた指が元異端審問官の豊満な肉体に届きかかり彼女は天使の名を大声で連ね守護を受けようとした。

 それを魔物は鼻で笑い飛ばした。

「勘違いしてるよぉ。ボクはぁ、悪魔じゃないんだよぉ」

 指が胸をつかもうとした寸秒、いきなり人の姿のままの怪物が()()った。



 アイリ・ライハラが醜形の背に片足をかけ髪の毛を両手で引っ張っていた。



「お楽しみ中、わりぃ~なぁ────お前の相手は俺じゃん!」

 そのおっさんを引き倒し少女は手近の勢いある猫1匹の首上をつまみ上げ人(もど)きの顔に近づけた。女役人落ちが何をするのだと驚いて(のぞ)き込むとアイリは猫の足が届きそうな際どいところで下ろすのを止めてしまった。


 猫、足が届きそうなときは必死で爪を引っ掛けようとする。


 顔の上を凄まじい勢いで動く四つ足の爪に切り刻まれ人に化けた魔物が叫び声を張り上げた。

 その拷問のような仕打ちにヘッレヴィ・キュトラは唖然となり先ほどまでの(おのれ)窮地(きゅうち)を忘れ同情すら覚え思った。

 マカイのシーデ姉妹や黒騎士が倒されたこともうなづける。

 3人が負けたのは力(およ)ばずもあっただろうが、このものの性根の腐り具合に屈したのではないか!?

 まるで魔物だぁ!

 アイリはつかんでいる猫を人(もど)きのお(また)に放り投げ、その野良がざっくりと爪を食い込ませると少女は別な今度は人相のふてぶてしい界隈のボスの(ごと)き野良をまたつかみ上げた。

 いやいや、貴君その辺りで止めといた方が禍根を残さずにすむ、と屋根落ちが片手を伸ばし止めようとした矢先、人相の悪そうな野良が小太りのおっさんの顔に派手にオシッコをかけ始めた。


 猫、小水の腐食作用、(スカル)(むしば)む。


 顔面から湯気立ち上らせ咳き込みながらのた打つ魔物がたまらず2人を弾き飛ばしうずくまった。

 窓壁に背中を打ちつけたヘッレヴィ・キュトラは(うめ)きながらその人に化けた怪物がまたもや表面を泡立たせ(からだ)を膨れ上がらせるのが見えた。

 ああ、またしても怪物となり迫るのだと元異端審問官が逃げる先を探そうと眼を(およ)がせると、反対側の壁に叩きつけられたアイリ・ライハラが動かないことに気づいて顔を引き()らせた。



 打ち所悪かった少女が眼を回していた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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