第19話 ほんとうは
文字数 2,276文字
「ふえ────ェ」
馬に曳 かれる狭い移動牢 の中で胡座 座りしたアイリ・ライハラが両手を上げ指を握り合わせ背伸びをした。
「アイリ、貴君よくこんなものの中で寝てばかりいられるな」
寝不足気味のヘッレヴィ・キュトラがアイリに恨 めしそうに言うと少女が打ち明けた。
「イルミを寝ずの番で警護するのを思ったらすやすやだよ」
イルミって王妃 のイルミ・ランタサルのか? と元異端審問官は顔をしかめた。王族に仕える第1騎士でありながらアイリ・ライハラは主君である王妃 を友人のごとくファーストネームで呼び捨てる。どういう関係なのだと困惑してしまう。
まる3日間硬い板床で寝起きしたせいか身体が凝って仕方ないとヘッレヴィも猫のように背伸びをした。
「もうどの辺かなぁ?」
少女に問われ役人落ちは即答した。
「馬曳 き牢 に入れられて早、3日だ。今日の夕刻までには教皇国ヴィツキンに入るだろう」
「じゃあ、腹ごしらえだぁ」
そう言うなり少女は鉄格子 に飛びついてつかまり横を歩く兵に声をかけた。
「ねぇねぇおじさん、飲み物と食べるもの頂戴 !」
行軍する兵が振り向き兜 のスリット越しに顔をしかめた。
「き、貴様、さっき朝飯を食ったではないか!」
兵に言われアイリが言い返した。
「おじさん、育ち盛りの子どもだよ。お腹すかすの早いんだよ。腹すかして死んじゃったらおじさんのせいだよ。怨んで化けてでるよ」
まるで『強請 り』だとヘッレヴィが苦笑いするとその兵は顔を前方に振り声高に告げた。
「隊長! 囚人がまた食事を要求しています!」
「渡してやれ」
遠くで隊長の声が聞こえると、相手する兵士が歩きながら肩にかけている背嚢 を脇に回し小袋を2つを取りだした。1つには硬パンの入った袋ともう1つはなめし皮の袋に飲み口の付いた水嚢 だった。
その兵士が鉄格子 の間から放りよこそうと近づくと食べ物袋を持ったその男の手首をアイリがいきなりつかみ鉄格子 に両足をかけ思いっきり引っ張り眼にしたヘッレヴィ・キュトラは唖然となった。
よろめいた兵士が移動牢 の格子にぶつかった瞬間、少女は男の腰ものを引き抜いて刃 を男の喉に回し驚き振り向く他の兵らに怒鳴った。
「さっさと、鉄格子 の鍵あけろよ! じゃないと首飛ぶよ」
騒ぎだした兵士らが急に移動牢 から離れると鉄格子 沿いに長剣 の刃 が振り下ろされ兵士の首に剣 を回す少女の腕の上で刃 が止められた。
「その前にお主 の手首から先がなくなるぞ。スクラマサクス(:一般的な西洋剣よりやや短めの剣)を戻せ」
「ちぇっ」
鉄格子 の端から馬上の騎士が中を覗 き込みアイリは舌打ちすると兵士の腰に吊す鞘 に剣 を戻し兵士から離れた。
「罰として夕刻までパンと水はなしだ」
騎士に言われ少女は懇願 した。
「そんなぁ、水ぐらいいいだろぅ。死んじゃうよ。俺死んだら、あんた教皇様から怒られるぞぉ」
だが騎士は応えず馬を進ませ見えなくなると、アイリは自分の唇に人さし指を当て静かにと小声で言うとヘッレヴィに左手を見せた。
手には鉄格子 の鍵が握られていた。
元異端審問官は少女が先ほどの騒ぎは見せかけで、実は牢 の鍵が目当てだったのだと驚いた。
「だがこの取り囲む兵の数、容易には逃げ出せぬぞ」
ヘッレヴィが押し殺した声でアイリ・ライハラに告げると少女はにっこりと微笑んだ。
「大丈夫だよ。昼休憩の時に馬を盗むさ」
その馬まで牢 からどうやって行くのだと元異端審問官が問いただそうしたら少女が左袖 を振ると袖口から手のひらにハンドルを先にしたナイフが出てきてまたぞろヘッレヴィは眼を丸くした。
なんと手癖の悪い奴なのだ!
そうして異端審問官は十字軍から逃げだせばこれで大陸中に手配されることになるのだと気が引けてしまった。
一国の指名手配犯となるのと違い、大陸全土の教会信者を敵に回してしまうことが恐ろしい。
「なんだよ。浮かない顔して────逃げるのが怖いのかぁ?」
少女が気遣うと7歳年上の女がため息をもらし呟 くようにアイリに告げた。
「アイリ、貴君は天に唾 しても歌っていられる楽天家なのだな」
「その件詳しく聞こうじゃないか!? 俺がバカだって言いたいのかぁ? そうなのか? そうなんだなぁ!」
少女が食ってかかるとヘッレヴィが開き直った。
「ああ、そうだ。貴君は後先も考えずにすぐ無謀な方へ突っ走る。十字軍から逃げだせば教会を敵に回すことになる。それは魔女嫌疑や魔物の疑い以上の数百倍も面倒なことなのだぞ」
それを聞いて少女は鼻を鳴らした。
「簡単さ──頭、取りゃいいじゃん。で、ヘッレヴィがお頭 になるんだ」
お頭 ? この部隊の? いいやことは全土に渡る話だと少女はわかっているはず。十字軍の一部隊を牛耳 ったところで────────。
女元異端審問官ヘッレヴィ・キュトラは突然思いついたことに驚愕 し一気に顔から血が引いて気を失いそうになるとよろめきかかり鉄格子 をつかんだ。
この娘、デアチ国元老院長サロモン・ラリ・サルコマーを倒したように簡単に考えているのか!?
猊下 は様々な国からの選りすぐりの傭兵 で護られて────いいや、そんなことが問題ではない。
そんなことをすれば大陸全国から魔物嫌疑どころかサタンだと責 められることになる! そう考えた役人落ちは少女を前に勢いよくごんと床に額つけて懇願 した。
「その退 っ引 きならない話から下ろさせてください」
間髪入れずに少女がぼそりと返した。
「退 っ引 きならないよ」
この小娘、馬鹿じゃないと土下座する女元異端審問官は顛末 に板を見つめ顔からどっと冷や汗が吹き出し思った。
こいつ狂ってるんじゃないのか!?
馬に
「アイリ、貴君よくこんなものの中で寝てばかりいられるな」
寝不足気味のヘッレヴィ・キュトラがアイリに
「イルミを寝ずの番で警護するのを思ったらすやすやだよ」
イルミって
まる3日間硬い板床で寝起きしたせいか身体が凝って仕方ないとヘッレヴィも猫のように背伸びをした。
「もうどの辺かなぁ?」
少女に問われ役人落ちは即答した。
「馬
「じゃあ、腹ごしらえだぁ」
そう言うなり少女は
「ねぇねぇおじさん、飲み物と食べるもの
行軍する兵が振り向き
「き、貴様、さっき朝飯を食ったではないか!」
兵に言われアイリが言い返した。
「おじさん、育ち盛りの子どもだよ。お腹すかすの早いんだよ。腹すかして死んじゃったらおじさんのせいだよ。怨んで化けてでるよ」
まるで『
「隊長! 囚人がまた食事を要求しています!」
「渡してやれ」
遠くで隊長の声が聞こえると、相手する兵士が歩きながら肩にかけている
その兵士が
よろめいた兵士が移動
「さっさと、
騒ぎだした兵士らが急に移動
「その前にお
「ちぇっ」
「罰として夕刻までパンと水はなしだ」
騎士に言われ少女は
「そんなぁ、水ぐらいいいだろぅ。死んじゃうよ。俺死んだら、あんた教皇様から怒られるぞぉ」
だが騎士は応えず馬を進ませ見えなくなると、アイリは自分の唇に人さし指を当て静かにと小声で言うとヘッレヴィに左手を見せた。
手には
元異端審問官は少女が先ほどの騒ぎは見せかけで、実は
「だがこの取り囲む兵の数、容易には逃げ出せぬぞ」
ヘッレヴィが押し殺した声でアイリ・ライハラに告げると少女はにっこりと微笑んだ。
「大丈夫だよ。昼休憩の時に馬を盗むさ」
その馬まで
なんと手癖の悪い奴なのだ!
そうして異端審問官は十字軍から逃げだせばこれで大陸中に手配されることになるのだと気が引けてしまった。
一国の指名手配犯となるのと違い、大陸全土の教会信者を敵に回してしまうことが恐ろしい。
「なんだよ。浮かない顔して────逃げるのが怖いのかぁ?」
少女が気遣うと7歳年上の女がため息をもらし
「アイリ、貴君は天に
「その件詳しく聞こうじゃないか!? 俺がバカだって言いたいのかぁ? そうなのか? そうなんだなぁ!」
少女が食ってかかるとヘッレヴィが開き直った。
「ああ、そうだ。貴君は後先も考えずにすぐ無謀な方へ突っ走る。十字軍から逃げだせば教会を敵に回すことになる。それは魔女嫌疑や魔物の疑い以上の数百倍も面倒なことなのだぞ」
それを聞いて少女は鼻を鳴らした。
「簡単さ──頭、取りゃいいじゃん。で、ヘッレヴィがお
お
女元異端審問官ヘッレヴィ・キュトラは突然思いついたことに
この娘、デアチ国元老院長サロモン・ラリ・サルコマーを倒したように簡単に考えているのか!?
そんなことをすれば大陸全国から魔物嫌疑どころかサタンだと
「その
間髪入れずに少女がぼそりと返した。
「
この小娘、馬鹿じゃないと土下座する女元異端審問官は
こいつ狂ってるんじゃないのか!?