第6話 怒れ
文字数 1,711文字
燃え上がる草原に何の兵器なのだと困惑が膨れあがる。
結局、イルベ連合はおおよそ7万の歩兵と騎馬を砂漠越えで送り込んできた。
兵器という名の剣 ではない得物 を振りかざし巨群の兵士らが襲いかかってきた。
百や千倒したとてもはや押さえ込めはしない。
暗いベッドで目覚め夢だと気づくのに数呼吸──アイリ・ライハラは落ち着くのに時間を要した。
「くそう────攻められる前にまいってしまいそう」
起き上がりベッドサイドのテーブルにあるランプに火を灯した。
ポットに残していた出がらしの紅茶をカップに注いで口をつける。砂糖を入れるんだったと後悔した。
白旗でも上げるんだったと嫌なことに思った。
宿舎の窓から城壁を見つめた。その壁の向こう遥か先にイルベ連合はいる。
乗り込んで中枢を叩 くしかないのか。
連合の中枢とはなんだ!?
二つ以上の組織が枠組みを維持したままより大きな組織を構成すること。
そんなヒュドラのような敵をどうやって────。
アイリ・ライハラは寝間着から服を着替えショートブーツを履くと剣 をつかみ上げ部屋を出た。宿舎を出て暗い城の中庭に出ると刃 引き抜いた。剣技 の型を真向斬 りから始めた。
しばらく剣 を振り抜いていると人気がしてアイリは刃 止め顔を振り向けた。
「うっ、酒臭さぁ!」
「失礼な」
暗がりにヘルカ・ホスティラが立っていた。
「なにやってるの?」
「寝られないだけ。あんたこそこんな時間に」
ヘルカ・ホスティラの方からアルコールのきつい匂いが流れてくる。聞くだけやぼだった。
「なぁヘルカ、連合の弱点ってなんだろう」
答えを期待したわけじゃなかった。
「統括官じゃねぇ?」
統括官────様々な単語が思い浮かんだ。
「指揮官?」
「ちょっと違う。議長みたいなものかな」
アイリはその微妙な違いがわかりかねた。
「九つの首の化け物────」
そうアイリが呟 くとヘルカがその名前を告げた。
「ヒュドラよ。イルベ連合は怪物なのかも。人は────」
怪物なら倒せる。
「酔っ払い──俺についてくるかい?」
「また無茶を通すのかアイリ・ライハラ」
少女は剣 を収めると暗闇に朧気 に見える盟友を見つめた刹那 髪が群青に耀 き辺りが青一色に染まりぬいた。
その万華鏡の閃光が踊り入り乱れ光が日差しに変わった。
砂丘を登る馬に無理を強いた。
シヒリ砂漠はイモルキとイルベ連合の間を分かつ千百ミウレ(:約1800km)にも及 ぶ大規模なものだった。馬を使いオアシスを渡り砂漠を横断するのに最低でも三週間が必要だった。
砂丘を越えるたびに次の砂丘があらわれる。風に飛ばされた砂が口や鼻に入らぬよう眼以外を布で隠し流砂に脚をとられぬよう馬を操る。
イルベ連合に乗り込んだとて評議会がすぐに見つかるとは思えなかった。
砂丘を乗り越えそこないヘルカ・ホスティラの馬が横滑りで傾斜を滑り落ち、アイリは手綱 引き馬を急いで下らせた。
「大丈夫かヘルカ!?」
女騎士は馬を飛び下り脚を傷めなかったか手早く調べた。馬に異常はなく首を撫で落ち着かせるとヘルカはアイリに頼んだ。
「休もう。馬も限界だ」
「わかった休憩にしよう」
風当たりの良い場所で馬を休ませて水を分け与えた。
「この砂漠を越えて進軍して来るなんて狂気だな」
そうアイリが言うとヘルカが皮肉った。
「戦争はすべて狂気だぞアイリ」
「じゃあ俺たちも狂ってるんだな」
「二人で連合を変えようというんだ。まともじゃない」
アイリが短く笑うとヘルカは苦笑いした。
「ヘルカ、途中でイルベ連合の軍隊と出会ったらやるのか?」
「おい冗談だろアイリ! やり過ごす」
返事しない少女にヘルカ・ホスティラは顔を見て真意を確かめた。思いつめた表情に女騎士は臓腑に冷たいものを感じた。
「四十騎までなら潰 す」
ヘルカ・ホスティラは耳にして両肩をすくめた。
「この砂場でどうやって馬を走らせろと?」
「敵も同じだ。接敵しないことを望もう」
アイリはこの砂地で素速く動くことはできないと覚悟した。砂の大地は足だけでなく時間をからめ取る。貴重な時間を奪い取る。
怒れ。大地に怒れ。
自然に怒れ。攻めてくる敵に怒れ。
恐れているのは時間だとアイリ・ライハラは思った。
結局、イルベ連合はおおよそ7万の歩兵と騎馬を砂漠越えで送り込んできた。
兵器という名の
百や千倒したとてもはや押さえ込めはしない。
暗いベッドで目覚め夢だと気づくのに数呼吸──アイリ・ライハラは落ち着くのに時間を要した。
「くそう────攻められる前にまいってしまいそう」
起き上がりベッドサイドのテーブルにあるランプに火を灯した。
ポットに残していた出がらしの紅茶をカップに注いで口をつける。砂糖を入れるんだったと後悔した。
白旗でも上げるんだったと嫌なことに思った。
宿舎の窓から城壁を見つめた。その壁の向こう遥か先にイルベ連合はいる。
乗り込んで中枢を
連合の中枢とはなんだ!?
二つ以上の組織が枠組みを維持したままより大きな組織を構成すること。
そんなヒュドラのような敵をどうやって────。
アイリ・ライハラは寝間着から服を着替えショートブーツを履くと
しばらく
「うっ、酒臭さぁ!」
「失礼な」
暗がりにヘルカ・ホスティラが立っていた。
「なにやってるの?」
「寝られないだけ。あんたこそこんな時間に」
ヘルカ・ホスティラの方からアルコールのきつい匂いが流れてくる。聞くだけやぼだった。
「なぁヘルカ、連合の弱点ってなんだろう」
答えを期待したわけじゃなかった。
「統括官じゃねぇ?」
統括官────様々な単語が思い浮かんだ。
「指揮官?」
「ちょっと違う。議長みたいなものかな」
アイリはその微妙な違いがわかりかねた。
「九つの首の化け物────」
そうアイリが
「ヒュドラよ。イルベ連合は怪物なのかも。人は────」
怪物なら倒せる。
「酔っ払い──俺についてくるかい?」
「また無茶を通すのかアイリ・ライハラ」
少女は
その万華鏡の閃光が踊り入り乱れ光が日差しに変わった。
砂丘を登る馬に無理を強いた。
シヒリ砂漠はイモルキとイルベ連合の間を分かつ千百ミウレ(:約1800km)にも
砂丘を越えるたびに次の砂丘があらわれる。風に飛ばされた砂が口や鼻に入らぬよう眼以外を布で隠し流砂に脚をとられぬよう馬を操る。
イルベ連合に乗り込んだとて評議会がすぐに見つかるとは思えなかった。
砂丘を乗り越えそこないヘルカ・ホスティラの馬が横滑りで傾斜を滑り落ち、アイリは
「大丈夫かヘルカ!?」
女騎士は馬を飛び下り脚を傷めなかったか手早く調べた。馬に異常はなく首を撫で落ち着かせるとヘルカはアイリに頼んだ。
「休もう。馬も限界だ」
「わかった休憩にしよう」
風当たりの良い場所で馬を休ませて水を分け与えた。
「この砂漠を越えて進軍して来るなんて狂気だな」
そうアイリが言うとヘルカが皮肉った。
「戦争はすべて狂気だぞアイリ」
「じゃあ俺たちも狂ってるんだな」
「二人で連合を変えようというんだ。まともじゃない」
アイリが短く笑うとヘルカは苦笑いした。
「ヘルカ、途中でイルベ連合の軍隊と出会ったらやるのか?」
「おい冗談だろアイリ! やり過ごす」
返事しない少女にヘルカ・ホスティラは顔を見て真意を確かめた。思いつめた表情に女騎士は臓腑に冷たいものを感じた。
「四十騎までなら
ヘルカ・ホスティラは耳にして両肩をすくめた。
「この砂場でどうやって馬を走らせろと?」
「敵も同じだ。接敵しないことを望もう」
アイリはこの砂地で素速く動くことはできないと覚悟した。砂の大地は足だけでなく時間をからめ取る。貴重な時間を奪い取る。
怒れ。大地に怒れ。
自然に怒れ。攻めてくる敵に怒れ。
恐れているのは時間だとアイリ・ライハラは思った。