第19話 サプライズ
文字数 2,084文字
思いの丈を吐きだしたせいか、王女イルミ・ランタサルが清々しい顔でいることに手綱握るアイリ・ライハラは唇をへの字にしたままでいた。
少女がふて腐れているのはそれがばかりではなかった。
荷台の後ろに女騎士ヘルカ・ホスティラが居座っている。どういう理由でイラ・ヤルヴァを後ろの馬車に下げ乗り込んできたのか皆目わからなかった。
「──鬱陶しい」
そうアイリが呟いたのも気づかず女騎士が王女に声をかけた。
「王女様、本気でデアチ王制を覆すおつもりですか?」
王女が微かに視線を横に振り尋ねた。
「そうです、ヘルカ。なぜ念を押すのです? 不安ですか?」
「王女様、不安でなく気がかりなのです。北の大国デアチが弱体化しますと困った事になります」
嘘だぁ! ガチに緊張してんじゃん、と少女は思って耳を立てた。
「何ゆえに? 周辺へ都度、兵をだし領地を広げようとするあの国が手を控えれば大陸諸国も安寧であろう?」
事はそう単純じゃないとヘルカは思った。
「王女様、四隣互いに竦みなのはそれぞれに思うところがあるからです。その1つが抜けた場合、残りの国は露骨に動き始めます」
!? アイリは自分の語彙を棚に上げ女騎士が何語で話してるのかわからなくなり眉根をしかめた。
「ヘルカ、私のために幾つもの戦が起きると?」
そういう話しなのかとアイリは顔を強ばらせ王女を盗み見た。イルミの無謀な企てが負の連鎖を引き込むのなら本気で止めないといけないと覚悟した。大勢の民が巻き込まれる! 冗談じゃない!
だが女騎士の目的は王女への叱責ではなかった。
「王女様、貴女のせいだとは申しません。それぞれの思惑故にです」
アイリはヘルカが獲物を前に攻め倦ねいているような気がした。剣をぶら下げ様子見に相手の周りをぐるぐると回り込んでゆく。
「私がそれすら考慮しなかったと?」
「いえ、決してその様には──お考えいただいていたのですか?」
ああぁ! そんな風にイルミ・ランタサルの言葉を返してはいけないとわかりながらヘルカ・ホスティラは聞かずにはおれなかった。
「十分に考慮してサプライズを用意してあります」
サプライズ!? 愕くような事!? 荷馬車の後ろでヘルカ・ホスティラは眼が点になった。いざ事が転がりだしたら、その時に王女がとんでもない事を言い放っても止めようがない。時の勢いで押し切られてしまう。王制転覆ですら十分に愕くべき事なのに──。
王が死去したデアチ国をどうするつもりだ。間にウチルイ国を挟んでいるので、属国として統治もできまい。いいやノーブル国ディルシアクト城を移城する事もありえる。だがそうなれば今度はノーブル国が東西の列強に組み伏せられるだろう。
あれこれ考えているとヘルカ・ホスティラは背筋が寒くなりだした。イルミ・ランタサルの言う愕くような事が呪わしい事に思えてくる。
「王女様、お約束ください。ノーブル国の民を見捨てぬと」
思いつめてヘルカは王女に懇願した。立場としてそうするしかないのだと彼女は承知していた。それをイルミ・ランタサルはいきなり笑い飛ばした。
「ほ──ほほほっ! 何を世迷い事を」
それではイルミ王女はノーブル国を見捨てデアチの新領土統治に動くのかとヘルカは顔を強ばらせ剣のグリップを握りしめた。
「心するがよい、第3騎士ヘルカ・ホスティラ。ノーブル国──民すべて私と一心同体。見捨てるとは私が自害するも同然──我、自らノーブル国王制を潰す様な愚行はいたしませぬ」
本当か!? 嘘でぇ!! アイリ・ライハラは横目で王女がスカートに乗せる両手を見て唖然となった。
イルミ・ランタサルが両手指すべてを妖しげに動かしている。
ノーブル国の王位すら、こいつどの様に考えてるかわかったものでない。
いずれこの詭弁王女、周囲の騎士すべてに見限られるぞ。刺客に取り囲まれ高笑いするくるんくるんが一瞬アイリの瞼に浮かんだ。
あぁ──、こいつもしかして事が起きたら自分の騎士達をわたしに始末させようなんて考えていないだろうな!? 騎士団長や女騎士を斬れない。絶対に嫌だ! アイリ・ライハラはいっそのことイルミ・ランタサルを操馬台から蹴り落とし暗殺しようかと右足を浮かせた。
そのとたん、王女にその足をつかまれ少女は荷馬車の外にころんとひっくり返された。
土埃を上げ転がったアイリ・ライハラは見るからに硬そうな指3本幅の車輪に乗り上げられた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)