第7話 目くそ鼻くそ

文字数 2,721文字

 星球武器(モーニングスター)を奪い返し意気揚々とイルミ・ランタサルが戻って行った。

 いいや、家臣(かしん)らの逃げて行った先へ廊下を曲がった。

「あいつ、またブン回すつもりじゃねぇだろうなぁ」

「何をブン回すのだ?」

 女騎士ヘルカ・ホスティラが真顔で尋ねた。

「お前ぇ、見ただろぅ。くるんくるんがぶら下げていた打撃兵器」

「あぁ!? あれか。あんな玩具(おもちゃ)、武器の内に入らん」

 アイリ・ライハラは上背のある女騎士を見上げ、こいつがいう玩具(おもちゃ)でない(・・・)打撃武器が恐ろしくなった。城門でも一発で突破できそうな気がして少女は話を変え案内人のデアチ国騎士に問うた。

「第7騎士の部屋遠いのか?」

 剣竜騎士団の男らが顔を見合わせ互いに(かぶり)振る様にアイリは、また変な奴かよと眉根をしかめると騎士の1人が申し訳なさそうに騎士団長に申し出た。

「ご案内いたしますが、我々はできれば途中でお待ちしたいのですが────」

 少女は1度唇を『へ』の字に曲げ腰に両手を当てため息をつくと承諾した。

「いいよ。早いとこ連れてって」




 びゅ────────うぅううう。

 風が吹き抜ける。

「あ、あそこに、だ、第7騎士の、は、ハンネ・スオメラ様のご──」

 後の方は風にかき消され聞こえなかった。

 アイリ・ライハラは案内人の騎士が指さす塔へ視線を向け困惑した。

 別段、塔に住んでも構わない。

 幽閉は地下の牢獄か、塔のてっぺん先と相場が決まっている。

 その塔に普通は内階段があるだろう。

 ひねくれていて塔の外に飛びとびで突き出た丸太の階段でも登ってやる。



 だが何だ!?



 防御城塔から主塔(キープ)最上部まで行くのに、(わず)煉瓦(れんが)1本の幅で繋がる橋しかない!

 しかも煉瓦(れんが)の細い面を上にしてある!

 左右にはつかまる手摺(てす)りもなく、フラついたら人が(いちご)の種よりも小さくしか見えない遠い地上に真っ逆さまだなんて!

 どんな奴がこんな綱渡りみたいな橋を毎日使ってやがるんだ!?

 アイリは下に見える細長い噴水池を指さしデアチ国の騎士らに(たず)ねた。

「あの長ぁ────い池、落ちたときのためなのかぁ?」

「そ、そうです」


 死ぬだろ! この高さから上手く池に落ちても水嵩(みずかさ)膝丈(ひざたけ)。役に立たないとこの国連中は思わんのか!?


「アイリ、やめておけ」

 元騎士団長リクハルド・ラハナトスが少女の肩に手をかけ引き止めた。別段、俺が行くから止めてるのではないとアイリは思った。滑る鉄靴(サバトン)で渡りたくないというのが本音だろう。

「よぉし、貴公! 根性見せろ! 落ちると少々痛いだろうが、いい経験だ!」

 防御城塔の中から張り出しに一向に出てこない女騎士ヘルカ・ホスティラが、さも諦めるだろうと奥から遠まわしに脅している。あの野郎!

 いきなりアイリが剣を引き抜き、他のもの達は顔を引き()らせしがみつけそうなものに競う様に飛びついた。



「ホスティラの根性なし」



 アイリは振り向いて奥にいる女騎士を小馬鹿にすると、ずかずかとヘルカが肩を怒らせ張り出しに出てきた。

「ぬぬぬ! 貴公、我を根性なしと愚弄(ぐろう)するか! そうか! アイリ・ライハラ! 貴公、我を怒らせて渡らせるつもりだな!」

 アイリはにやにやしながら左手で(スキャバード)を横に振り上げ、右手の長剣(ロングソード)を横に上げ後ろ向きに橋を渡り始めた。

「本物の騎士ならこれくらいへっちゃらさ」

 それを聞いてヘルカ・ホスティラは顔をしかめ怒りだした。

「貴公、我を偽物と言うか! 聞き捨てならん! そうか、いいだろう。渡ってやろう! 貴公はブーツだが、我は鉄靴(サバトン)で渡れるぞ!」

 女騎士は超細い煉瓦(れんが)橋へずかずかと踏みだした。



 びゅうぅうぅうぅ────────うぅううう。



 ヘルカ・ホスティラの勢い、最初の5歩だけ。

 立ち止まった女騎士は手を左右に突き出しふらふらとバランスをとるがにっちもさっちもゆかなくなった。

 少女はすでに馬2頭分も先を行きながらホスティラをからかった。

「臆病・も・の」

「言ったな! 我を臆病者と決めつけたな!」

 顔を赤らめ女騎士は鉄靴(サバトン)をがちゃがちゃと踏み鳴らし少女を追いかけだした。

 大柄な女騎士。甲冑(アーマー)を着てかなり重い上に派手に走り始める。駆け抜けた背後の橋の煉瓦(れんが)()えきれずぼろっと1個落ちるのが見えてアイリ・ライハラは顔が引き()った。

 あっという()にばらばらと煉瓦(れんが)が壊れ落ち始め橋のなくなった部分がヘルカ・ホスティラを追いかけてくると、アイリは主塔(キープ)へ振り向いて(ソード)(スキャバード)を振り回し走り始めた。


「そうか! 貴公、あくまでも我と競うつもりだな! 見てろ! この狭い橋で追い抜いてやる!」


 ずっと後ろで女騎士がそう言い放ちがんがんに駆け出すと、遠くの防御城塔から騎士らが「もっと速く」とか「急げ!」と聞こえてヘルカ・ホスティラは男どもの応援に鼻息も荒く少女に追いつきだした。

「来るな! バカ・ホスティラ!」

 (わめ)き先を走るアイリ・ライハラは顔を振り向かせ後ろを横目で見るなり眼を丸くしてしまった。

「げげっ!」

 ヘルカ・ホスティラのあまりの勢いに、橋の(くず)れ方も拍車がかかり、何もなくなった部分が女騎士の鉄靴(サバトン)のすぐ(かかと)にまで迫っていた。

 アイリは顔を振り戻し眼を丸くしたまま(あご)を突き出し思いっきり駆けた。

 主塔(キープ)までまだ馬20頭分もある。それが遠くの山の様に遥か先に見えた。

 少女はいきなり足が滑り走れなくなった。


「わははは、貴公、捕まえた、ぞ」


 アイリ・ライハラは服の(すそ)を引っ張られていた。女騎士が立ち止まっている。じゃあ橋はもう壊れて────。


 がくん。


 一気に2人は身体が下がった。

 アイリ・ライハラはばらばらになった空中の煉瓦(れんが)を蹴り狂った様に駆け上り始めた。

「待てアイリ・ライハラ! 抜け駆けは許さんぞ!」

 怒鳴り追いかける女騎士なんかに構ってられないアイリはだだ走りで主塔(キープ)の踊場に飛び乗り安堵の表情を浮かべた。


 ぐいっ。


 少女は後ろに引っ張られ驚き顔を振り向けると、踊場に片足しか乗せられなかったヘルカ・ホスティラが服の後ろをつかんで落ち掛かっていた。

「なっ、なにすんだよぉ!」

 踊場から一気に外へ滑り出たアイリは、右手の長剣(ロングソード)を張り出しの石のつなぎ目に思いっきり打ち込んだ。


 びゅんびゅん。


 長剣(ロングソード)が上下にしなり少女が必死でハンドルにしがみつくと────。


 わりわりと女騎士がアイリの背中を登りチェインメイルのグローブで(ブレード)を握りしめ少女の顔を踏んづけ踊場に登りきった。

 振り向いたヘルカ・ホスティラはぶんぶんと上下に揺れるアイリに手を差し伸べて(たず)ねた。


「我の勝ちだなアイリ・ライハラ。無礼を謝るなら貴公を助けてやらなくともない」

「ごちゃごちゃ言ってないで早く引き上げろ! バカ!」

「言ったな! 我を馬鹿呼ばわりしたな!」



 すっぽん。



 声を荒げる女騎士の足下で剣先(ポイント)が塔壁から抜け落ちた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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