第16話 狼煙(のろし)

文字数 2,009文字

 蛮族の国イルブイに入ること4日、西の辺境にイレぺセ山脈が南北に連なる。最高峰(さいこうほう)のマンベリンは天高くそびえるイズイ大陸指折りの山だった。

 魔女討伐(とうばつ)隊が、マンベリンの登山道に到着した時にイルブイの総大将ヒルダ・ヌルメラは眼を丸くして(あご)を落とした。

 マンベリンの(いただき)が3分の1ほどなくなっている。円錐台のように様変わりしていた。

「ヒルダ、あの山、もともとあんなヘンテコな形なのか?」

 アイリ・ライハラに問われ女大将は(かぶり)振った。

「2年前まであんなチョン切れた山じゃなかったです」

 それじゃあ飛んできた山は元々ここにあったのだとアイリは思った。投げつけた魔女キルシは近くにいる。

「しかしこう山がいくつもあると、どこに魔女がいるか探すのは骨が折れそうだな」

 女剣士ウルスラ・ヴァルティアが連峰を見回しながらそう告げた。

「そうでもないさ」

 アイリが軽く言うとヒルダとウルスラが驚いて騎士団長の方を振り向いて見つめたので説明した。

「チョン切れた山がキルシの仕業ならそう離れていない場所にいるし、なによりも────」


「あいつ────俺たちが来てることを見てるはずだろ」


 それを聞いてウルスラとヒルダは顔を強ばらせた。

 アーウェルサ・パイトニサム()の魔女が襲ってくる!

「各人、四方を警戒!」

 アイリが命じると騎乗の騎士らはざわついて円陣を組み背を向け合った。

「イラ・ヤルヴァ──魔女キルシが潜む山はどれだ?」

 アイリは振り返り円陣の中央に漂う盟友の天使に問いかけた。

「どこもなにも、あの中腹から(いただき)なくしたマンベリンの今や山頂近くの風穴(ふうけつ)ですよアイリ」

 やはり占い師ロザリーが告げた通り洞窟(どうくつ)にいるのだとアイリ・ライハラは群青の髪を振って円錐台(えんすいだい)の山を見つめた。

 ふとアイリは気がついた。

 マンベリンに続く山道は他の山肌に沿っており道幅は広くなく馬で登るにはとても2列以上に横並びになれない。

 1列という隊形は(ねら)われると敵と1対1でしか対応できない。

「ウルスラ、俺が先陣をやる。お前が殿(しんがり)を守ってくれるか?」

 テレーゼ・マカイはすぐに理由に気づいた。

 魔女キルシが襲ってくるとしたら山道伝いだから、まず遭遇するのは先頭か最後続になる。特に後ろから1人ひとりを()がれると気づきにくいから自分をそこに配置するのだと理解した。

「良かろうアイリ。我に任せよ!」

 アイリは(うなづ)き円陣の騎士らに大声で告げた。

「いいか、(みんな)! 円陣のまま山道は登れない。1列縦隊(じゅうたい)は最も隊形として弱い! 山道で魔女に襲われたら即座に下馬(げば)して馬を山道から落とし迎撃する!」

 騎士らが(うなづ)き理解したのを確かめたアイリは(みな)に命じた。

「行くぞ!」

 騎士団長の馬から九十九折(つづらお)れの山道を登り始めた。

 ほぼ馬の幅しかない山道を登りながらアイリは気づいた。

 もしも途中で使い魔を差し向けてきたら狭い場所で戦うことになる。この道幅では得意の派手に動き回ることはできず純粋な剣技(けんぎ)のみで戦うことになる。

 俺の後ろにつくヒルダはそこそこ強いので(たと)え俺が倒されヒルダが持ちこたえることができても数の有利さを頼りにはできない。最後尾のテレーゼが加勢に来ようにもそれは望めなかった。

 場所が悪い。

 馬の(ひづめ)に落ちてゆく落石の音が不吉な兆候のように思えた。





 風穴(ふうけつ)の口に立ち連なる山肌の山道を見下ろしていた黒爪の悪女は目的のものを目にとめほくそ笑んで(つぶや)いた。

「来たぞきたぞ──死にに来たぞ────アイリ・ライハラとその配下すべて殺してくれようぞ」

 アーウェルサ・パイトニサム()の魔女のキルシが腕を広げ命じた。

「我が忠実なる(しもべ)にして屈強なる兵士よ。我、創造し命を授けし(ことわり)は一つ。アイリ・ライハラとその一行の心の臓を供物とし我に捧げよ。さもなくらんば永遠の命を授ける」

 汚い包帯を乱雑に頭に巻いた見てくれだけが少女の足元に広がる三重の魔法陣(マジックサークル)の輝きに顔を下から照らしだされ、年齢に不釣り合いな不気味さを漂わせていた。


「渇望せよ、ガウレム!────掛かれ!!!」





 山道の上の山肌から音が聞こえ顔を振り上げたアイリら討伐隊(とうばつたい)は、斜面を転がり落ちてくる多数の小石に遅れ跳ねながら大きな重い音を放つ2つの大樽(おおだる)のような岩が落ちて来るのを眼にした。

 その大岩が大きく跳ね、隊列の前後の山道に落ちて響きを放った。

 それ以上、落ちることもなく岩の(かたまり)の表面に彫り込まれたヘブライ語の旧約聖書の14章19節から21節が溶岩の赤熱の輝きを(あふ)れさせた。


下馬(げば)せよ!! 抜刀(ばっとう)!!!」


 アイリはそう大声で命じながら(くら)から飛び下りた。

 馬を山道から落とす()もなく、アイリ・ライハラと最後尾のテレーゼの目前にある岩の(かたまり)が割れ手足を伸ばすとミノタウロスほども身の丈のある石人が(からだ)を起こし赤いルビーのような光を放つ双眼でアイリ・ライハラとテレーゼ・マカイを(にら)みつけ足を踏みだしてきた。


 最後尾でマカイのシーデ(バンシー)が呪いの叫び声をガウレムに浴びせた一閃(いっせん)、戦闘の狼煙(のろし)となった。






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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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