第20話 教会の敵

文字数 1,594文字

 1234とよれよれよれよれ逃げる。

 5678とすたすたすたすた追いすがる。

「まともな暗殺者(アサシン)は1人だというのに逃げ足は軽い」──と()異端審問官ヘッレヴィ・キュトラは思った。

「殺し屋は小娘アイリ・ライハラを亡きものとするために襲ってきたとみるべきか。あの年端もゆかない小便臭い──あっ痛ぃい!」

 歩きながらヘッレヴィ・キュトラが振り向くと後ろから付いてくるアイリ・ライハラが手にソードブレイカーを握りしめているのを眼にして彼女は指さし非難した。

「な! なんてもので頭を(たた)くんだ! (われ)の頭が割れたらどうするんだぁ!?」

 細めた眼でじっと(にら)む少女がぼそりと言い切った。

「誰が小便臭いだぁ!? いちいち考えてる事を口にするおつむは割った方がいいじゃん」

 ()異端審問官が小娘の(ソード)砕くナイフを指さしながら食いついた。

「お、お前ぇ──! (ブレード)(たた)いたのかぁ!?」

「ハンドルで(たた)いたんだよ。ほら!」

 そう言ってアイリは手首のスナップでソードブレイカーを半回転させ刃先を指の合いだに摘まんでみせた。

「なんだ。そうか」

 釈然(しゃくぜん)としない面もちのヘッレヴィ・キュトラの前髪の生え際からツ────と血が流れ落ちてきて少女は誤魔化した。

「おいヘッレヴィ! 連中いなくなったぞ!」

 路地の先へ振り向いた()異端審問官は素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。

「大変だ! (われ)としたことが殺し屋を捕まえて指図(さしず)したものの名を割らせることが────!」

 (あせ)る彼女へアイリがぼそりと(つぶや)いた。

「先を左に曲がったじゃん」

「き、貴公(われ)が背を向けていたからと適当なことを!」

 立ち止まり興奮して椅子の足を振り回す()異端審問官を(かわ)し少女は両手にナイフをぷらぷらさせ追い抜くと路地の先へ急いだ。

「ほら、おばさん! もたもたしてると本当に逃がすよ」

 額から(ほお)へ血を滴らせながらヘッレヴィ・キュトラは顔を引き()らせた。

「お、おばさん────だぁとぉおお! 乳臭い小娘に────あ!」

 アイリが無視して路地先をさっさと曲がって行ったので(あわ)ててヘッレヴィは追いかけると、曲がった先で男らがひっくり返り少女に踏みつけになっていた。

「おらぁ! 白状しろよ! 俺じゃなくてはなからキュトラを狙ってただろうがぁ!」

 ()異端審問官は自分を指さし驚いた。殺し屋はてっきり剣竜騎士団長に居座った小娘に反感持った(やから)からの差し金ぐらいに思っていた。

 どうして教会の異端審問官であった(・・・)(われ)が────とヘッレヴィ・キュトラは青ざめ男らを跳び移り背中や頭の上ではしゃぐようにぴょんぴょんと上下に(おど)る少女を見つめた。

「うううっ────痛たたたっ──調子に乗りおって────猊下(げいか)は決して御見過ごしにはならぬと──知────れ」

 ヘッレヴィ・キュトラは(うめ)き声に続き語られた『猊下(げいか)』という言葉に硬直した。

 なぜ教皇(きょうこう)様が地区配下である(われ)を亡き者にと望むの!? ふと()異端審問官は思い当たった。アイリ・ライハラの魔女嫌疑(けんぎ)を指示されたのは他ならぬ教区主教。最上位の教皇(きょうこう)様が指示されてないとは言い切れなかった。口外を警戒されてのことなのかも知れぬ。

 この少女の存在をどうして教会はそこまで恐れるの!? まだ成人扱いにもならぬ子どもに何があるの? そもそもアイリ・ライハラが生きていて既定側(きていがわ)の教会に何の不都合があるの?

「アイリ・ライハラ、貴公は教会の(うら)み買うようなことをしたの?」

 ヘッレヴィ・キュトラに問われ暗殺者(アサシン)を踏んだまま少女が動き止め顔を振り向けた。


「教会? まさか。きちんとお祈りに行ってるし」


 敬虔(けいけん)な信者。当人の気づかぬレベルで教皇(きょうこう)様近辺で危険視する理由があるのかもしれない。

 無視していれば数回は暗殺者(アサシン)を送り込めど、いずれは軍を派遣するだろう。そこまでの価値があるのかしら。



 十字軍をくり出す何が────とヘッレヴィ・キュトラ()異端審問官は額から血を滴らせ謀略(ぼうりゃく)の渦に(おのれ)が巻き込まれているのを思い知った。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み