第9話 苦戦

文字数 2,483文字

 胴体を裂いた馬の噴き上げた血飛沫(ちしぶき)と臓物を浴びずに紫紺の女騎士が跳び離れた。

 それを眼にしたアイリ・ライハラは相手が異様な剣技を持つだけでなくとても素速いと心に刻んだ。

 少女は残党のデアチ国兵士と紫紺の女騎士がイラやヨナから離れるように回り込み脚をくり出してゆく。兵士にイラや男騎士が()られる事はなくともあの紫紺の女騎士は危険すぎて近づかせるわけにゆかなかった。

 アイリは女騎士と馬15頭分もの距離があっても心落ち着かなかった。それに馬から下りた5人の騎兵にも用心しないと囲まれ四方から襲われる事になる。


 イルミ・ランタサルや侍女(じじょ)ヘリヤらを丘上の草原に残してきて良かったと思った。紫紺の女騎士が名の通ったものなら、騎士団長リクハルド・ラハナトスや女騎士ヘルカ・ホスティラが黙っていまい。

 長引きそうだ。

 兵士らが回り込んで逃げ道を(ふさ)ごうとしていた。


 一気に吹っ飛ばすか、とアイリは考え自分を上のレヴェルにかさ上げした。

「イレヴン・ステップ」

 言い捨てた直後、少女は片手に握った長剣(ロングソード)を頭上に持ち上げ振り回しそれが稲妻の輝きを放つと自分の前の地面に突き立てた。

 刹那、突き立った(やいば)から耳を(つんざ)く雷轟が響き渡り、取り囲む兵士ら5人が空中高くに弾き上げられ、次々に落ちてきた騎兵らは地面に激突し(うめ)き声を(こぼ)し動かなくなった。


 だが紫紺の女騎士は地面に伏せていて、部下の兵らが落ちて来ると(からだ)を起こし長剣(ロングソード)を構えた。

 その女騎士が赤い虹彩の瞳をぎらつかせ紫の唇を開き叫びながら同時に(からだ)を回転させ顔の前に構えていた長剣(ロングソード)を振り回し伸びた銀の帯を少女へと振り向けた。


 また何かやりやがった!?


 口を開きながら女騎士が(ソード)を振り回す様を見つめアイリ・ライハラは咄嗟(とっさ)に自分の湾曲した長剣(ロングソード)を両手で前に構えて両脚を踏ん張った。

 女騎士を含めた景色が(ゆが)みその急激に揺らぐ空気が少女の(ソード)に激突した瞬間、アイリの左右から雑草や土が舞い上がり地面が後方へ深く(えぐ)れた。

 衝撃が過ぎた後もアイリは握った長剣(ロングソード)がびりびりと(しび)れ剣が手から離れそうだった。

 右に顔を振り横目で確かめると後方に土が大人の入り込めるほどに深く陥没(かんぼつ)していた。


 あれが荷馬車を両断にしたんだ!


 紫紺の女騎士が口を開くと斬撃(ざんげき)が襲ってくる。まるで声が届くように!

 雷撃も遠方斬撃(ざんげき)でも倒せないならどうすんだぁ!? 近接戦で()り合うか!? でも近場であれを浴びせられたらアイリは顔が吹き飛びそうな気がした。

 だが(ねら)ってきている。

 相手を見定め襲うのならこれならどうだ!


 脚をくり出し横に回り込んでいたアイリ・ライハラの姿がいきなり揺らぐと残像を置き去りにして目に止まらぬ(あお)い稲妻に変幻した。





 馬を失い長剣(ロングソード)を引き抜いたテレーゼ・マカイのまわりに無傷の騎兵らが護るように集まり次々に馬から下りて青髪の娘を逃がさぬよう広がり追い込み始めた。

 その兵士らが小娘の背後に回りかけたその時だった。


「イレヴン・ステップ!」


 そう青髪の小娘が言い捨てたのをテレーゼは確かに耳にした。寸秒、青髪が片手で頭上に持ち上げた(ソード)を凄まじい勢いで回転させ一気に地面へ振り下ろした。

 刃口(きっさき)が地面に突き刺さる寸前。

「いかん!」

 テレーゼは声にして飛び込むように地面に伏せた。

 一閃(いっせん)、頭上で落雷の爆轟が鳴り響き兵士らの叫び声が遠ざかった。直後、顔を上げ腕を立て身を起こしかかったテレーゼの目前に次々に兵士らが空から降ってきて地面に激突し(うめ)き倒れたままになった。

 あの小娘はやはり魔剣士だ! 雷の属性魔法に長けている。だが手の内がわかってくると相手の新たな攻めが防ぎようのあるものだと理解できた。


 雷なら幾らでも防ぎようがある。


 マカイのシーデは青髪の小娘を(にら)みつけながらさらに強く押してみることにした。

 紫の唇を開き叫びながら同時に足を踏み換え紫紺の甲冑(アーマー)に包まれた(からだ)を回転させ長剣(ロングソード)を振り回し(やいば)に波動を乗せ伸びた銀の刃口(きっさき)を少女へと振り切った。

 加速され長剣(ロングソード)のポイントから離れる甲高い波動が一瞬で青髪の小娘に襲いかかった。


 胸当(ブレスト・プレート)を裂くそれを青髪の小娘は正面に構えた細身の長剣(ロングソード)1つで受けると波動が相手の左右から後ろへ地面を馬30頭分もの長さで深く(えぐ)り飛ばした。


「ぬぬ、あの細身の湾曲(ソード)は魔石によるものなのか!?」


 そうテレーゼは(つぶや)き眉根を寄せさらに(おのれ)の攻めを強いものにと腹に力込め唇を開きかかった刹那(せつな)、青髪の小娘の姿がいきなりぶれて蜃気楼の(ごと)き残像を横に伸ばし目で追い切らぬ速さの(あお)い稲妻がテレーゼの右手に飛んだ。



 一瞬よりも短いほぼ同時にテレーゼ・マカイの前後から(やいば)が斬り込んできた。





 両断された荷馬車から逃げてきたヨーナス・オヤラが(そば)に来ると女暗殺者(アサシン)イラ・ヤルヴァは若い男騎士の腰ものに手をかけ一気に引き抜いて走り回る馬上の騎兵らを見回しどれから始末するか見定めた。

 アイリ・ライハラの超絶斬撃(ざんげき)に似た何かが荷馬車を真っ(ぷた)つにした。

 用心すべきは丘を最後に馬で下ってきた紫紺の甲冑(アーマー)の女騎士だった。

 デアチ国の紫紺の甲冑(アーマー)の騎士を耳にしたことがあるとイラは思いだした。

 戦場(いくさば)で千騎の兵と渡り合う双子の姉妹騎士。

 確か通り名をマカイのシーデと()っていた。


 シーデ────バンシーの北方の言葉。


 その叫び声で敵兵を無残に(ほふ)る。

 こいつの殺気を遠方から感じたのだとイラは思った。

 アイリがマカイのシーデと人のものとは思えぬ戦いを始めて女暗殺者(アサシン)は双子の片割れがどこかにいると探し続けた。

 マカイのシーデ1人と苦戦するアイリへもう1人の双子の片割れが加わったら一気に彼女の分が悪くなる。

 取り囲もうと下馬の騎兵らを落雷一発で吹き飛ばした御師匠にイラは喝采(かっさい)を送りたかったが、シーデの片割れが来ることが気が気でなかった。

 アイリが受けた叫びの呪いに()え彼女の背後の地面が掘り起こしたように土を吹き飛ばした。


 あんなものを続けざまに幾つも喰らったら御師匠とて倒れてしまう。


 雷光に変幻したアイリ・ライハラがバンシーに襲いかかるのを見つめアイリ・ライハラにもう奥の手がないのだと女暗殺者(アサシン)は紫紺の甲冑(アーマー)へ駆けだした。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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