第4話 大人の節度

文字数 1,623文字

 お腹を空かせているので腹が立つ。

 事はそう単純でなくとも、腹くちると苛立ちも弱るとばかりに女騎士ヘルカ・ホスティラはアイリ・ライハラに早いお昼ご飯を同席させていた。

「なぁ、ヘルカ。どうして他の騎士らを別席にしたの?」

「たまに貴公とゆっくりと食の席を持つのも良いと思ってな」

 にこやかに、というわけでもなくヘルカはスープに入った肉をスプーンでつついた。

 少女も出されたパンを千切っては皿に並べるばかりで口に運ぶのが(おろそか)だった。

「なあ、ヘルカ。お前、リクハルド・ラハナトスが戦場でおっ()んで騎士団長の座が転がり込めとか思わなかったわけ?」

 いきなり突拍子もない恐ろしいことを言われ女騎士はスプーンを止めてしまった。

「なかったというと────騎士の──誠実の誓いに────反するな」

 アイリはテーブルに身を乗りだし尋ねた。

「えぇ!? ほんまにかぁ!? 騎士団長、死ねぇぇって思ったのかぁ?」

「馬鹿もの、そんなに強く思うか! ちょっとだけ夢想しただけだ。ラハナトスちょっと転んで復帰するな──ぐらい、だ」

 ヘルカはスープを動かし回る具材を茫漠と見つめた。

「それでも騎士団長と第2位のイラリが戦場(いくさば)から帰らなかったら突然に騎士団長になるわけじゃん。正直言って戸惑う?」

「アイリ、貴公は戸惑っているのか?」

 スープ皿を見つめたまま女騎士が尋ねた。

「めちゃ、戸惑ってる。いきなり、くるんくるんにノーブル国の騎士団長にされたら、陽も落ちぬ間にこんな軍事大国の大将にさせられちまってこの3日眠れもしねぇ」

 少女が千切ったパンを次々に押しつけて丸めだした。

「アイリ、3日寝てないのか?」



「うん」



「そうか。だが躍起になるな。貴公がどう転んでもこの国の騎士らは貴公の手にある。その事だけは自信を持て」

 いきなり少女が丸めたパンを別テーブルのデアチ国の騎士へ投げつけた。

 それが他人のスープ皿に飛び込みそのテーブルがざわつきだした。

「お前、何で猿みたいな振る舞いをするんだぁ!?」



「だって────ぇ、騎士って暗いとろくなこと考えないじゃん」



 女騎士ヘルカ・ホスティラは笑顔を浮かべる騎士団長(きしだんつおう)を見つめ、いきなりスプーンを他のテーブルに投げつけた。

 返礼のように飛んでくるパンや皿を(かわ)しながら彼女はテーブルに隠れその下でアイリ・ライハラと顔を合わせ笑いだした。


 どがぁ、と大きな音がして彼女達が隠れるテーブルが大揺れし、左右に割れた別のテーブルがごんと落ちてきた。アイリは真っ赤になりテーブルから出て立ち上がると怒鳴った。

「誰だぁ! テーブル投げやがったのは! 限度を知れぇよぉ!」

 その顔に回転し飛んできたトレーの角が命中し少女は両脚を投げ上げ後頭部からカーペットにひっくり返った。

 倒れてきたアイリが白眼をむいているのを見たヘルカは少女に(つぶや)いた。


「お前の部下ら、長思いだぞ────寝れたじゃないか」


 かっ! といきなり意識取り戻したアイリは立ち上がり、ものの飛び交う中を(そば)に落ちてる片割れのテーブルをひっつかみ(わめ)きながら振り回し始めた。

「くそぉぉぉぉ! 見てろぉ!」

 その少女の足をつかみ女騎士ヘルカ・ホスティラが止めようと怒鳴った。

「大人の節度を持たぬか! 貴公のそういうところがいけないんだぞ!」


「あっ!」


 アイリ・ライハラは声を上げ腕を止めようと思った──当たる瞬間までは。ブン回している割れテーブルが女騎士の顳顬(こめかみ)に命中し半割れの天板が砕け散った。止めようとしていた残念美人は白眼をむいてひっくり返り、少女は両手を振り上げ顔を引き()らせ思った。



 節度があるとろくな事がない。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み