第18話 宴話(うたげばなし)

文字数 2,262文字

 王妃(おうひ)イルミ・ランタサルの思いつきでデアチ隣国の西の蛮族国家イルブイに攻め入ったアイリ・ライハラは3日の激戦の末敵王──トピアス・カンナス・サロコルピ4世の首を取った。

 その後、十字軍は敵戦地で飲めや歌えの大騒ぎになってしまった。

 ぎっしりと人の入り込んだ居酒屋からなんとか抜け出したアイリ・ライハラは店の表で別なグループにとっつかまった。

「これはこれは──総大将どのではあ────りませんかぁ、ひっく」

 抜き足差し足で店の裏手に回り込もうとしていたアイリ・ライハラはぎくりと足を止め振り向いた。

「さ、さ、我々と飲みに行こうじゃありませんかぁ、ひっく」

 がっしりと肩を組んだどこかの騎士が酒臭い息を横から浴びせアイリは他の数人から取り囲まれた。

「こんなめんこい大将なら地の果てまで──ひっく」

 こ、こいつらもう出来上がってるじゃないかと、アイリは首に回された腕を摘まんで逃れると手を叩いてけしかけた。

「お前らこの居酒屋で大宴会が始まるぞ! さあ入った入った」

 そう告げてアイリは男らの背を押した。

 絡んだ連中が両観音扉を潜ると、アイリは急ぎ足で逃げだした。

 途中3つの店で総大将と呼び止められ、そんな奴は知りませんとアイリは逃げおおせた。酔っ払いの練り歩く表通りを避けアイリ・ライハラは裏通りへと入ると夜でさすがに人通りはなくアイリはやっと落ち着いた。

 見てくれは19でも、まだ酒の許される歳ではない。

 それでも時折表通りから(わめ)く酔っ払いの声が聞こえるとアイリは建物の影に入り警戒した。しばらくそうやって歩いていると、自分がどの辺りにいるのかわからなくなった。

 無理もない。イルブイ国に攻め入ってまだ3日め。城下の様子など知るわけがない。

 城に戻ると酔った騎士らに絡まれるので今夜は街宿に泊まろうと思った。酔った兵は陽気に絡むが、酔った騎士は問答を吹きかけるのでそれはそれで厄介だとアイリは感じた。

 寸秒、声が聞こえてアイリは暗がりに足を止めた。

「────だ、か、らぁ、あの子が来てから恵まれてたので、ちょっと調子に乗って──イルブイに手を出したら────本当に王の首を取って────」

 声は王妃(おうひ)イルミ・ランタサルぽいし、それなら話しの内容が理解できた。

「飲み過ぎです。もう今夜はこれ以上祝賀会には顔を出さずに城へ戻りましょう。あの馬鹿も直に戻って来ます」

 うっ、この声は女騎士ヘルカ・ホスティラだぁ! 馬鹿とは誰だぁ!? とアイリはもしかして自分のことかとムスッとした。

「あの子はあんなに可愛かったのに、私より年増(としま)になってしまって、どうしたらいいの──」

 おい、ちょっと待てよ! 年増(としま)とはなんだ!? 見てくれは19でもてめぇより1つ若いんだぞ! それにどうしたらってあんたが何とかしてあの妖精の呪いを解いてくれるのかよ!

「自業自得です。あれは馬鹿なので厄介(やっかい)ごとを自分から引き寄せるんですよ」

 ちゃうわい! そこのでかい馬糞が扇いだ火の粉を一生懸命はらってるのはこの俺様だぞ! いつも貧乏くじを引かせやがって! ぷんすかとアイリは暗がりで地団駄を踏んだ。

「そんなことを言うものではありません。あの子なりに頑張っているから、いつも腹を抱えているんですよ」

 おいおい、ちょっと待てよ。言うのではないと言いながら、いつも腹を抱えているとはどういうことだ!? お前厄介(やっかい)ごとに手を出しながら、周りのものらが七転八倒するのを笑っていたのか!? そうだイルミ・ランタサルはそんな奴だ。手の指を怪しく折り曲げ伸ばしながらほくそ笑んでいたよなぁ! アイリ・ライハラは暗がりから出て言い返そうとして(えり)首をつかまれ振り向いた。

 女剣士テレーゼ・マカイがにやついて片手の人さし指を唇に当てた。

「しっ! 静かに」

 テレーゼがそう言いアイリの(えり)から手を放した。

「だいたいあの子は物事をよく理解せずに勢いで突き進むタイプだから(わたくし)がついていてあげないと命が幾つあっても足らないのよ」

 そ、それって俺が馬鹿だといってるんじゃん! アイリは声の方へ出て行こうとしてテレーゼに腕をつかまれ引き止められた。

王妃(おうひ)様の心労お察しします。ですがあれは騎士道も理解できぬ田舎ものです」

 何をぉ! この脳筋がぁあ! その(あご)に蹴り入れてやるわ! アイリが意地でも出て行こうとするとテレーゼ・マカイに羽交い締めにされてしまった。

「田舎道で初めて眼にした時は宝石だと思ったのに、ただのガラス玉で」

 ついにアイリ・ライハラは声の方へ飛びだしたのにイルミ・ランタサルもヘルカ・ホスティラも(おどろ)かず女騎士は額に手を当てて「負けたぁ」とこぼした。

「ほら見てご覧なさいな。(わたくし)の誘い針に見事にかかったでしょう、ヘルカ!」

「あぁお前ら俺がいると知ってて好き勝手言いやがって!」

 追いついて王妃(おうひ)らの前に出てきたテレーゼ・マカイが食いつかんばかりの十字軍総大将を羽交い締めにしイルミ・ランタサルが諭した。


「あなたが城での祝賀会を抜け出して、散々探したんですよ。重責を(ないがし)ろにするもんじゃありません。ヘルカと芝居がかったこともあなたの自覚を(うなが)すためと思いなさい」

 そう告げ王妃(おうひ)イルミ・ランタサルは歩きだした。その両手の指を見てアイリ・ライハラは怒鳴りつけた。

「嘘っぱち言うな! て、てめえ、両手の指、わしわし動かしやがって!」

 ヘルカ・ホスティラとテレーゼ・マカイに両腕を押さえられたアイリ・ライハラは王妃(おうひ)がさらに指を怪しく折り曲げ伸ばすのを眼にしながら女騎士と女剣士に引きずられ始めさらに暴れだした。










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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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