第1話 獣淋(じゅうりん)

文字数 1,698文字


 銀眼の魔女の呪いをアイリ・ライハラに押しつけるかたちになったのを心の底から反省しているイルミ・ランタサルは少女が戻ってくるなり部屋へ押しかけるとアイリとノッチがソファに座って談笑していた。

「アイラ──アイリ・ライハラ! 呪いはどうしたのですか!?」

「おう、ただいま。人を出迎えるのって礼節からだろぅ」

 アイリに指摘されイルミ王妃(おうひ)は息をのんで言い直した。

「おかえりなさい、アイリ。父は、(たみ)は、呪いをどうしたのですか!?」

「なんかお前、言い方がおかしくないか? 銀眼の魔女の癖がうつったのか? 国王や街の人々にかけられた呪いはどうしたのですか、だろぅ」

 イルミは眉根寄せて言い直した。

(わたくし)の父や人民にかけられた呪いは解けたのですか?」

 アイリは突っ込みかけたが気づかぬ振りをして現状報告した。

「ああ、どってことないよ。銀眼の魔女の有り様を詳しく告示させるだけで(みんな)の暗示は解けた。それよりかさぁ────」

「なんですの? 困ったことが?」

 イルミ王妃(おうひ)は少女に問い返した。

「イモルキ国を攻め落とさない?」

「焼き芋が食べたい?」

「お前拳骨(げんこつ)食らいたいんか!? いも(・・)しか聞こえなかったんかい。もういっぺん言うぞ────」


「東の大国イモルキを攻め落とさない──かぁ?」


 イルミ・ランタサルはどん引きしてしまった。愛玩の少女が(いくさ)をしたいと言っていた。いったい何をして(いくさ)を仕掛けようというのだと顔を強ばらせた。

「ど、どうして東の大国を────!? このデアチと西のイルブイだけでは足らないというのですか!?」

「足りる足りないの損得勘定じゃないさ。いやぁ、なんか腹が立ってよぅ。あの国治めている連中に腹が立って仕方ないんだわ。だから(つぶ)そう」

 イルミ王妃(おうひ)目眩覚(めまいおぼ)えソファに腰を下ろした。

 面倒くさがり屋のアイリ・ライハラが自分から政変を起こそうと言っている。

 この子は言っていることの重大さを理解していないと王妃(おうひ)は思った。

「アイリ、何をそんなに立腹してるのですか? 話してごらんなさい」

「え────? 俺っちの親父(おやじ)があの国の家臣(かしん)らにふくろにされたんだ。殴られて黙っていることねぇよな」

 街中で一揉めするのとわけが違うことを──いや、それがわからぬ歳でもなかろう。そこまで考えイルミ・ランタサルは自分がデアチ国へ啖呵切(たんかき)ったことを思いだした。自分がよくてアイリが駄目だとは言えなかった。

 それに、どんなにやりくりしてもデアチ国の台所は火の車なのだ。東の大国イモルキを手中におさめればそれがどれだけ楽になるだろう。

 領土では互角でも経済力では半分に満たない国力を差し置いて正論を並べてみても(むな)しく、じゃあ大戦を仕掛けるのかと度胸がついてこない。

「アイリ、(いくさ)とは相手を蹂躙(じゅうりん)することにあります。蹂躙(じゅうりん)とはわかりますか?」


「十の鈴! 意味は知らんけれど」


 イルミはため息ついて肩を落とした。

「え────っ? 十の鈴じゃねえの?」

「わざと知らない振りしてるんじゃないですよね」

獣淋(じゅうりん)────獣が(さみ)しくなる。獣のような兵士でも戦場(いくさば)で友を亡くしてさみしくなるから」

 そっちの方がありそうで怖いとイルミは眼を細め、アイリは馬鹿にしてる時の表情だとさらに頭(ひね)った。


柔鱗(じゅうりん)、柔らかい(うろこ)──意味は、え────っと────」


 イルミ・ランタサルが(かぶり)振った。

「えぇぇぇぇ!? 違うの? じゃあ」

「アイリ、知ったかぶりはよくありません。蹂躙(じゅうりん)は力や権力で踏みにじることです」


「な────んだ、やっぱり────」


 イルミ・ランタサルは少女を抱きしめたくなった。

「軽々と(いくさ)への道を選んではなりません。傷つくのは兵士だけではなく国民も巻き添えに──」

「知ってるさ。だから少数精鋭で乗り込んで王位を転覆させ家臣(かしん)らを()り倒す」


「いいですか、ここデアチや西のイルブイを倒せたのは運が良かったからです。毎度まいど(いくさ)の女神が貴女(あなた)に微笑んでくれるなどと甘く考えているとしっぺ返しを食らうでしょう」

 それまで黙っていたノッチがぼそりと言い切った。


「我と千切ったその時から(いくさ)神アテーナーはアイリ・ライハラを溺愛しておる」



 この男、何ものなのだとイルミ・ランタサルは眉根しかめた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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