第2話 事情

文字数 2,138文字

 宮廷中庭のベンチに腰掛けた王妃(おうひ)イルミ・ランタサルが(そろ)えた両脚の上に指を組み合わせ載せ、隣に座る大人として戻ったアイリ・ライハラに話し聞かせていた。

「いいですか、誰がなんと言おうとも、(わたくし)貴女(あなた)が人外などとは思ってもいません」

 イルミはこれでもう4回も猿という言葉を避けていた。妖精に歳の若さを盗られたということすら信じがたいのに、ましてや愛玩していた娘が猿から生まれたなど到底受け入れられなかった──いや、ありえない。


 どこをどう見ても人そのもの。


 これで尻尾や獣耳でもあれば一考を要しただろうが、顔立ちも獣らしさはまるでないとイルミは思った。

「だって────村の多くの連中も見てるし──猿が抱きかかえて親父のとこに────猿が母親なの確かだし、母様(かぁさま)だと信じてた人が産んだのではないって親父がぁ────」

 下唇を突き出して痛心(つうしん)を語る年増(としま)が──じゃなかった。まだ15歳なのだと本人は言うけれどどう見ても自分より3、4は上に見えることの方が大問題だと王妃(おうひ)は思った。

「仮に貴女(あなた)がお母様だと思われていた方から産まれなくとも、産まれたての貴女(あなた)を──その──獣が(さら)ってきたことの方が事実でしょうし、そのことは村人も貴女(あなた)のお父上クラウス殿もご存知ないでしょう」

 (うつむ)いていたアイリが顔を上げ振り向いた。

 食いついた! とイルミはこの方で話引っ張ることに決めた。

「じゃあ、どっかに本当の両親がぁいるのかぁ!?」

「ええ、それはお()れを出して探してみないことにはわからないのでしょうし、貴女(あなた)がそれで気が済むなら力添(ちからぞ)えいたしましょう」


「猿が名乗り出てきたらどうしよう?」


 『うっ!』やっぱり重傷だわとイルミ・ランタサルは唇をへの字に曲げ殴って眼を覚まさせようかと一瞬指を握りしめた。

「お────ほほほほ、お()れに猿がぁ!? そんなことあるわけないじゃないですかぁ。相変わらずのお馬鹿さんですね」

 笑い飛ばしたものの、このあたりで話が堂々巡りしそうで王妃(おうひ)は話題を強引に変えてしまった。

「ところでアイリ、貴女(あなた)を知る多くのものは貴女(あなた)が15歳ぐらいだと今日まで思ってます。ですが、いきなり貴女(あなた)が大人になりましたと(みな)に納得させられるかその方が心配です」

 王妃(おうひ)が持ちかけると年増(としま)──じゃなかった──年増(としま)作りのアイリが不満を漏らした。

「だってぇ、マタンゴになったヘッレヴィを元に戻すのに精霊の魔法が必要だったしぃ──その時は、歳の4つぐらい、いいやって軽く思ったから──」

 マタンゴ、あぁ女異端審問司祭が倒れた勢いで口にした妖魔の(きのこ)。森にたまに見かけるという人を(きのこ)に変えてしまうという話を賢者(けんじゃ)に聞いたことがあるとイルミは思った。

「アイリ、でも貴女(あなた)はノーブル国とデアチ国の騎士団長であり、しかも十字軍の大将でもあるんですよ。(みな)貴女(あなた)の顔だけでなく歳や身長などもよく知っているので、このまま(みな)に紹介したら、子供だったあなたをすげ替える画策だと思う人も出てきます」

 そこまで説明して王妃(おうひ)はため息をつくとアイリがぼそりと言い切った。

「いいじゃん。おっきくなりましたでぇ」

 思わず王妃(おうひ)は引いてしまった。やっぱりおつむは15のままだわ!

「アイリ、また魔女だと後ろ指さされるわよ。ただでさえ小娘がぁ団長などについていると引き()り下ろそうとする(やから)がいるからとんでもない言いがかりをつけられるでしょうし」


「大丈夫だよ。怖いもんなし。いっぺん冥界行ってきたしぃ」


 イルミ・ランタサルは顔を強ばらせて振り向いた。

「何の────冗談──なの?」

 ポロッと言ったオツムだけ15の年増(としま)が言葉を失ってポカンと口を開いたままイルミと眼を合わせた。

「いやぁ、そのぉ、爆発で飛んできた岩石喰らって眼ぇ覚めたら冥府の河岸にいたんだよぉ」

「ちょっとアイリ、貴女(あなた)(わたくし)をからかおうとして──」


「嘘じゃねぇよ。冥府から1人連れ戻したぁしぃ」


 いきなりアイリ・ライハラはイルミ・ランタサルに両肩つかまれ揺さぶられた。

「何の冗談を言ってるのぉ!?」



「剣竜騎士団にいた双子の女騎士の1人だよ」



 イルミ・ランタサルは血の気がひいていく思いだった。マカイのシーデ姉妹はアイリがイラ・ヤルヴァを殺されて頭に来て切り刻んで倒した。その遺体を闘技場(アリーナ)でばら撒いたのを王妃(おうひ)は自分の眼で確かに見たのでアイリに告げた。

「死んだ人を蘇らせることはできるはずがないわ」


「お忍びでもう帰国してると思う」


 王妃(おうひ)イルミ・ランタサルが両腕振り上げ顔を引き()らせたその時、デアチ国正門の門兵と入国税務官が跳ね橋の外に立つ全身甲冑(アーマー)の女騎士と言い争っていた。

「何で旅するのに甲冑(アーマー)を着てるんだ!? 怪しいやつめ(スカル)の面を上げて顔を見せよ!」

 アイリ・ライハラと女異端審問司祭に口やかましく人に顔を(さら)すなと言い含められていた。死人が歩いて戻るとそれはそれで大騒ぎになるらしい。

「できない相談だ。色々事情があってなぁ────」

 ふと思いついたことをテレーゼ・マカイは口にした。


「実はヴァンパイアじゃないんだが、陽の光に当たると火傷するんだ」



「ヴァンパイア!?」

 税務官と門兵は驚いた顔で見合わせ互いが(うなづ)くと門兵が召集ラッパを吹き鳴らしだしたのでテレーゼ・マカイは面倒なことになったと困惑し跳ね橋から後退(あとず)さった。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み