第6話 葛藤(かっとう)
文字数 1,743文字
地面に転がった蝿 の頭が見返していた。
アイリ・ライハラは細身の長剣 を横に振り抜き刃 についた不浄の血肉を祓 って鞘 に収めた。
騎士団長が顔を上げると女剣士ウルスラ・ヴァルティアを名乗るテレーゼ・マカイだけでなく39名の騎士らが固唾 呑んで成り行きを見守っていた。
「なんだよ──片付けちゃった」
ウルスラは顔を引き攣 らせ荒い息をおさめようと苦労していた。悪魔の重鎮──ベルゼビュートを易々 と斬 り捨てた。アイリ・ライハラが強いのは承知しているが、あまりにも人間離れした剣技に何と言葉をかければよいのか困惑していた。
アイリ・ライハラの配下の騎士らですら喝采1つあげられないではないか。
「アイリ────その悪魔の首領は強くないのか?」
やっと女剣士の口に出たのは愚直な問いだった。聞くまでもなく、ウルスラはベルゼビュートがとんでもなく強いと知っていた。サタンにも勝る力を有していたのだから。
「知らねぇ。でも強かったら簡単に首を刎 ねられたりしねぇよ」
アイリの言い分にも一理あると気づいたがウルスラは転がった醜悪な昆虫の頭部と首を失った豊満な骸 に視線を奪われ、弱いわけがないと思い直した。
「アイリ、そいつは地獄でもトップを争える実力を持っていたんだ。弱いわけはない」
なおも女剣士に言われ騎士団長は困ったと一瞬唇を歪 ませた。
鞍 の上で寝そべっているマティアス・サンカラが2人のやり取りにぼそりと口を差し挟んだ。
「その頭転がしてみなよ」
言われてアイリと女剣士は怪訝 な面もちになった。
アイリは鉄靴 の爪先で蝿 の王の頭を蹴り飛ばした。
「お、大馬鹿もの! よ、よりによって、ベルゼビュート様の顔を足蹴 にするとは!!!」
転がる蝿 の頭部が喚 きアイリ・ライハラは慌 てて剣 を引き抜いた。
「死んでなかったら弱いことにならねぇんじゃないのか」
鞍 の上で寝そべっていた腹の出たおっさんが起き上がり眠たげな顔で騎士団長に指摘した。
相手している場合じゃないと転がって離れる蝿 の頭部をアイリ・ライハラは追いかけた。
「待ちやがれ! この悪魔め!」
騎士団長が次々に突き立てる刃口 を蝿 の王はくるりくるりと向きを変えて避けた。
ウルスラ・ヴァルティアは見てられないとばかりに馬から降りると悪魔の頭部が転がる先に待ち構えた。
「そんなへなちょこの刃物 に殺 られる我が輩ではない! おっ!」
ベルゼビュートはウルスラの足にぶつかり止まってしまった。
蝿 の頭部は剣 を構えるアイリ・ライハラを見上げ命乞 いを言い始めた。
「おい、我が輩を見逃せば願いを3つ叶 えてやるぞ」
それを聞いてアイリの動きがピタリと止まった。
「どんな願いでもか?」
交渉に引きずり込まれている騎士団長をウルスラは止めに入った。
「アイリ・ライハラ! 悪魔にそそのかされるな! 願いなど嘘だ!」
その警告をアイリは聞いていたが、迷っていた。
「俺を15の姿に戻せるのか?」
食いついた! ベルゼビュートは歓喜した。強かろうが所詮 人間。欲には勝てるものか。
「簡単だ。その呪いは精霊のものだな」
そのものズバリを言い当てられアイリはいよいよ深みにハマってしまった。
「騎士団長なんか止めてしまいたい──十字軍の総大将なんて止めてしまいたい────」
呪い殺しにきた相手のぼそりと漏らした吐露 に蝿 の王は歓喜した。なんと弱みを隠しもしない愚かな人間め。
「それで3つの願いはいいのだな」
地獄の侯爵は念押しした。命乞いのためなどではない。3つの願いの引き換えにこの小娘の魂を喰らうことができるのだった。斬首 からの復活など小娘の願いなど聞かずとも自在にできた。
後ろを見上げると女剣士ウルスラ・ヴァルティアが剣 を振り上げていた。その決意にベルゼビュートは楔 を打ち込んだ。
「テレーゼよ。姉を復活させてもよいぞ」
構え上げた剣 を震わせるベールに隠された女剣士の戸惑いの表情が見えるようだと蝿 の王は思った。
「願いは自 らが叶 えるもの────」
アイリ・ライハラに言われ蝿 の王は転がり呪い殺す相手を見上げた。
青い甲冑 の女騎士と紫紺の胸当 を当てた女剣士が凄まじい勢いで昆虫の頭に2口 の剣 を突き立てた。
「腹立たしい────」
テレーゼ・マカイは灰になって崩 れ落ちる悪魔の頭部にそう言い捨て唾 を吐いた。
アイリ・ライハラは細身の
騎士団長が顔を上げると女剣士ウルスラ・ヴァルティアを名乗るテレーゼ・マカイだけでなく39名の騎士らが
「なんだよ──片付けちゃった」
ウルスラは顔を引き
アイリ・ライハラの配下の騎士らですら喝采1つあげられないではないか。
「アイリ────その悪魔の首領は強くないのか?」
やっと女剣士の口に出たのは愚直な問いだった。聞くまでもなく、ウルスラはベルゼビュートがとんでもなく強いと知っていた。サタンにも勝る力を有していたのだから。
「知らねぇ。でも強かったら簡単に首を
アイリの言い分にも一理あると気づいたがウルスラは転がった醜悪な昆虫の頭部と首を失った豊満な
「アイリ、そいつは地獄でもトップを争える実力を持っていたんだ。弱いわけはない」
なおも女剣士に言われ騎士団長は困ったと一瞬唇を
「その頭転がしてみなよ」
言われてアイリと女剣士は
アイリは
「お、大馬鹿もの! よ、よりによって、ベルゼビュート様の顔を
転がる
「死んでなかったら弱いことにならねぇんじゃないのか」
相手している場合じゃないと転がって離れる
「待ちやがれ! この悪魔め!」
騎士団長が次々に突き立てる
ウルスラ・ヴァルティアは見てられないとばかりに馬から降りると悪魔の頭部が転がる先に待ち構えた。
「そんなへなちょこの
ベルゼビュートはウルスラの足にぶつかり止まってしまった。
「おい、我が輩を見逃せば願いを3つ
それを聞いてアイリの動きがピタリと止まった。
「どんな願いでもか?」
交渉に引きずり込まれている騎士団長をウルスラは止めに入った。
「アイリ・ライハラ! 悪魔にそそのかされるな! 願いなど嘘だ!」
その警告をアイリは聞いていたが、迷っていた。
「俺を15の姿に戻せるのか?」
食いついた! ベルゼビュートは歓喜した。強かろうが
「簡単だ。その呪いは精霊のものだな」
そのものズバリを言い当てられアイリはいよいよ深みにハマってしまった。
「騎士団長なんか止めてしまいたい──十字軍の総大将なんて止めてしまいたい────」
呪い殺しにきた相手のぼそりと漏らした
「それで3つの願いはいいのだな」
地獄の侯爵は念押しした。命乞いのためなどではない。3つの願いの引き換えにこの小娘の魂を喰らうことができるのだった。
後ろを見上げると女剣士ウルスラ・ヴァルティアが
「テレーゼよ。姉を復活させてもよいぞ」
構え上げた
「願いは
アイリ・ライハラに言われ
青い
「腹立たしい────」
テレーゼ・マカイは灰になって