第21話 両手いっぱいの愛情

文字数 2,152文字


 左手に握っている(やっとこ)が急に軽くなり、テレーゼ・マカイへと足をふみだしたアイリ・ライハラは引き()らせた顔を向けた。

 躍り上がった真っ赤に焼けた蹄鉄(ていてつ)3個がくるくると自分の方へ落ちてくる!


 衝撃を受け少女は壁に飛ばされ、クラウス・ライハラの背で水蒸気が広がり床に四つん()いになった父が顔を(ゆが)めた。

「あなたぁ!」

 後妻パラメラが駆け寄り素手で焼けた蹄鉄(ていてつ)を振り払い夫を助け起こそうとした

「アイリ──大丈夫か?」

 問われ言葉を返せず唖然となった少女へ女異端審問司祭が責め立てるように名を怒鳴った。

「アイリさん!」

 床に座り込んでいる少女は両手に握っていた(やっとこ)を床に落とし(つぶや)いた。

親父(おやじ)────そんなつもりは────」

 動揺する娘の前で父は立ち上がり気丈に振る舞った。

「心配いらんぞ、アイリ。この通り──」

 夫の背中を覗き込んだ後妻パラメラが手で口を押さえたが悲鳴が広がった。

「パラメラさん、救急箱をお願いします」

 クラウスがそう言い後妻パラメラが急ぎ足で居間を後にしアイリが父へ近寄ろうとすると彼は告げた。

「ならぬ! お前は奉公(ほうこう)に出した修行の身。その試練終わるまで(わし)に触れてはならぬ。だが聞くところによると近衛兵副長になれたらしいじゃないか。お祝いをせねば──な」

 少女が(かぶり)振った。

「それ古い────そのあとリディリィ・リオガ王立騎士団長させられて、デアチ国剣竜騎士団長押しつけられて、そのぉ────」

 父クラウスは娘の報告に眼を見張った。


「十字軍の大将に」



「はぁ!? お前、(わし)揶揄(からか)っとるのか? 奉公に出してまだひと月半しか経っとらんではないか。幾らお前が強くとも──」



 クラウスは本気で疑っていた。アイリの訳ある強さは重々承知。だが2つの騎士団長やましてや十字軍数十万の騎兵の大将には経験や人望がなければなれない。当然、それには年数をようする。

 そのやり取りを聞いていた女異端審問司祭ヘッレヴィ・キュトラが説明した。

「クラウス殿、ご子息の十字軍大将は本当の話です。ヴィツキン市国で教皇(きょうこう)ヨハネ・オリンピア・ムゼッティが彼女を任命する場に(わたくし)は立ち会いました」

 アイリの父は上目遣(うわめづか)いに見つめる娘と異端審問司祭との間で眼を(およ)がせ声を裏返させた。

「お、お前が十万の軍団の総大将だぁあ!?」

 少女が(うなづ)き返した寸秒、治療具を入れた編籠(あみかご)を両手に抱えた後妻パラメラともう1人女が入ってきた。

「あなたぁ! 怪我されたと。大丈夫ですかぁ!?」

 パラメラの後に入ってきた女は妖しい雰囲気のあるエキゾチックな褐色の肌色をした美人だった。その女へ顔を振り向けた少女は女が父親へ小走りに寄る姿をじ────っと見つめた。

 その視線に気づいたクラウスは(あせ)って説明した。

「あ、アイリ、紹介しよう。妻のアガータだ」

 パラメラがクラウスの服の背をめくりそれを押さえたアガータがアイリと聞き少女に顔を向け微笑んだ。

「初めましてアイリさん。(わたくし)があなたの新しい母、アガータよ」

 それを聞いてアイリはぼそりと父を問いただした。


「じゃあ、パラメラってなんだよ?」


「ぱぁ、パラメラも(わし)のぉ────妻────じゃよぉ」

 親子のやり取りを聞いている女異端審問司祭はクラウスの裏返った声を耳にしその狼狽ぶりをマズいと感じた。

 この父親、2人も妻を(めと)った後ろめたさを娘に開き直れない!

「あ、アイリぃ──(わし)の──あ、愛情は深く、公平、だぁ、だからぁ」

 ヘッレヴィはしどろもどろの取ってつけたような弁明は逆効果だと気づいた。それが証拠に少女は視線を父親から()らし(うつむ)いている。

 押し黙ってしまったアイリにクラウスはさらに火に油注(あぶらそそ)いだ。

「あ、アイリ──お前と同じぐらいに、かぁ、母さん()を愛してしまったの────だぁ!」

「あら、お客様でしたのあなたぁ?」

 気を失って倒れている女騎士とアイリ・ライハラを除いた(みな)が出入り口へ顔を向けると洗濯物を入れた(かご)を抱いている美しい女の姿があった。


「あぁ────アイリぃ────し、紹介しよう。お前の新しいお母さんのスティナ────だ、だよ」


「まあ、あなたがアイリね。スティナといいます。仲良くしましょうね。ところであなたぁ? お客様の前で何をしてるの?」

 いきなり立ち上がった少女にクラウスは飛び上がりそうに驚いた。アイリは父の方へ行き3人を(かわ)すと壁に刺さった(ソード)を引き抜いた。その(ブレード)を見つめクラウスは眼を丸くして苦笑いを浮かべ顔に冷や汗が吹き出た。

 だが娘はぶら下げた(ソード)刃口(きっさき)を床に引き()りながら部屋を後にした。

「クラウス殿! 貴男(あなた)は娘さんの気持ちを理解できないのですか!?」

 アイリが出て行きヘッレヴィ・キュトラがそう詰問(きつもん)するとクラウスが困り顔を振り向けた。

「わかっとる。わかっとるよ。だからあれが怒るだろうから、順番に説明し理解を得よう────とぉ。(わし)は娘も妻()も同じように愛しておるのだ! そのことは天に誓ってもよい!」

 言い切った直後、出入り口にカチャカチャと音が近づいて来てアイリの父親は錆びたネジのように首を(きし)ませて振り向き(あご)を落とした。



「誰にでもっていう愛情なんかいらねぇ。今からお前の(また)を治療してやる」



 斜めに振り上げた(ソード)に真っ赤に焼けた蹄鉄(ていてつ)が24個並んで乗っておりその押し寄せる熱気に妻達が後退(あとず)さった。



「このトド親父ぃ!!!」





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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