第10話 粗忽(そこつ)
文字数 1,647文字
女騎士ヘルカ・ホスティラが壁に開いた穴へ駆け寄り中を覗こうとした刹那、そこから大鎌刃が飛び出しとっさに女騎士は抜いていた剣の刃で受けとめた。
自分が先に覗き込んだら危なかったとイルミ・ランタサルは鳥肌立った。直後、壁の穴から出てきた銀眼の魔女を目の当たりにして王妃は退きながら膨らんだ違和感に眼を細めた。
変だわ。
壁が盲点だといかにも気づくように仕向け、開いた穴が抜け道で跳びついたものを大鎌で斬り殺す。
なぜどこからでも出入り自由な魔女が不意を突いて襲ってこず、単純に繋がる糸口の先に待ち構える不条理。
初撃を上手く躱せたと思わせといてさらなる罠が口を開いている!?
「皆気をつけて────────!」
イルミ・ランタサルが警告した刹那、壁の穴近辺の氷の床がドアぐらいの大きさで次々に抜け始めまずヘルカ・ホスティラが地中に呑み込まれアイリとテレーゼが地中に消えイルミ・ランタサルが宙に浮いた一閃後方からノッチに抱き止められ王妃とアイリの主は難をのがれた。
すぐにイルミとノッチはそばの穴淵から底を覗き込んで王妃が真っ暗な底へ声をかけようとしてまだ壁の穴に銀眼の魔女が止まっていることに気づいた。
その壁の穴の縁から手を放し魔女が白髪を踊らせイルミ・ランタサルらのそばに飛び移ってきた。
「青を殺さなければ──きさまらを────死んでしまったのだ」
こいつ何を言ってるとイルミ・ランタサルは顔を強ばらせ、アイリが話し方が変だと言っていたことを王妃は思いだした。
そうだ────銀眼は話し方の時制がおかしい。現在のことを過去の出来事のように語るその言い方に魔女の本質があるようだとイルミ・ランタサルは思った。
直後、ルースクース・パイトニサムは大鎌を振り回しその刃がイルミ・ランタサルに迫った刹那、ノッチは王妃を後ろに回し一瞬で逆手にした見事な大剣でその魔女の攻撃を受けとめた。
「もう1人の青────きさまは先の羽根持ちと────同じ運命を辿ったのだ」
大剣を振り回し魔女の大鎌を跳ね飛ばしたノッチが銀眼の魔女に言い捨てた。
「天上界はそう単純じゃなく────大天使と我が同じ程度だと侮るなかれ!」
両脚を交差させ凄まじい勢いでスピンしたノッチは飛び上がり回転しながら霞ませた大剣を銀眼の魔女に撃ち込んだ。
魔女握る大鎌の柄に剣が激突し凄まじい衝撃波にイルミ・ランタサルは後ろへ飛ばされ床に尻餅をついてそのまま滑り止まった。
丸くした瞳でノッチと銀眼の魔女の剣戟見つめるイルミ・ランタサルはノッチの言い捨てた可能性に唖然となっていた。
それではノッチ・ライハラは天上人だというの!? 翼持ち!? 天使様のこと!? 大天使様より上の────────ノッチって何ものなのだ!?
だが魔女の言う運命を辿ったとは────────イルミ・ランタサルは閉じた唇を震わせて大剣をナイフのように軽々と扱う男の背姿を見つめた。
真っ暗な中を落下し続けアイリ・ライハラは落とし穴の深さを思い知った。
このまま底に激突し死んだら苦悩の河を渡り待つヘルカ・ホスティラとテレーゼ・マカイをカローンから奪い去りこの世に戻ればいいと思いふと気づいた。
生き返る先が穴底だったらどうする!?
生き返る先は死んだ場所の近くばかりだった。
銀眼の魔女はそのことも考えてこんな深い落とし穴を用意したのか!?
まずい! まずいじゃん!!
くるんくるんとノッチも落ちてきたら完全に摘みだ!!!
一生この穴底から出られなくなる。
いいやイルミかノッチがきっとロープ垂らして────!
2人ともそんなものを持ち合わせていない。
ルースクース・パイトニサム──銀眼の魔女は計算ずくだったんだ。
いきなり先に落ちた2人が穴底に激突する音が聞こえ寸秒、衝撃波がアイリ・ライハラの全身を走った。首から下の感触をなくした直後、霧の森で意識が戻り自分が今、いる場所が迷いの森だと気づくなりアイリ・ライハラはヘルカ・ホスティラとテレーゼ・マカイを探し始めた。
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